この世との決別

A. 「私は教会に通うクリスチャンです」

 「私は教会に通うクリスチャンです」と、牧師先生の元にメールの返事がきました。NHKの番組「プロフェッショナル」に出演しておられた淀川キリスト教病院ホスピス主任看護課長・田村 恵子さんからです。田村さんが教会に通うクリスチャンかどうか、テレビでは分らなかったので、牧師先生が病院にメールで問い合わせてみました。「ご連絡いただきありがとうございました。私は教会に通うクリスチャンです。・・・教会で我々の取り組みに関してお話しいただくとのこと、ありがとうございます。」と。
 質問に回答をいただけるというのは有難いことです。ところが、イエス様は総督ピラトの質問には答えられませんでした。真理を探究しようとしないピラトには、何を言っても無駄だったからです。

B.聖書より

(8)ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、(9)再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。  
 ヨハネによる福音書19章8〜9節

   イエス様はとらえられ、裁判を受けるために、ピラトの前に連れてこられました。ピラトは迷信家であったために、イエス様がご自分を「神の子」と言われたことを聞いて恐怖を覚えます。ピラトは、「神の子」を殺すような役を引き受けたくないので、イエス様の血筋、家柄を尋ねましたが、イエス様は何も答えられませんでした。迷信や、異なった価値観を持っている人には、真理を語っても意味がないからです。そのような「この世的」な人とは決別し、黙って本来の道を進むべき人が、わたしたちキリスト者です。

C. マヘリア・ジャクソン―この世のものとの決別

 

 ゴスペルの女王、マヘリア・ジャクソン(1911〜1972 ゴスペルや黒人霊歌を得意とするアフリカ系アメリカ人の歌手)は、その自伝の中で以下のように述べています。
 ゴスペル音楽をうたうということには一つの原則があると言います。ナイトクラブやレストランで酒を飲んだり、ダンスをしている人達に宗教的な歌を歌うことは、宗教を冒涜するものである、ということです。
 マヘリアは24歳のとき、10歳年上の黒人青年と結婚したことがありますが(1936年)、その人は教会に行く人ではなく、競馬など賭け事が好きで、ゴスペルの歌を無教養なものと考える人でした。結局、二人は別れることになります。マヘリアは一生を教会に捧げる運命であると感じていたから、ああするしか仕方がなかった、だから離婚を恥じてはいないと答える他ない、と自伝に記しています。

 彼女の生きてきた時代は、大恐慌(1929)、第二次世界大戦、そして戦後もまだまだ黒人の人種差別の激しい時代でした。マヘリア自身も、日常的に黒人差別を受け、彼女が有名になっていたにもかかわらず、脅迫され、家に銃弾が打ち込まれることもありました。そんな中でも「この世的なもの」とは決別し、マヘリアはゴスペルだけを歌うことに揺るぎない確信も持っていたのです。そして、ケネディ大統領の就任前夜祭でのアメリカ国歌を歌い、キング牧師が、かの有名なI have a dreamの演説をしたときにも、壇上でマヘリアは歌い、歴史を動かしました。
 あるゴスペル・ファンが、マヘリアについて「彼女がジョン・レノンやマイケル・ジャクソンと違うのは、彼女は単に聴衆とコミュニケートしているのではなく、神とコミュニケートしている点である」と記しています。

D.結び

 イエス様の真理を求めない「この世的」な者とは決別し、本来歩むべき道を行きましょう。イエス様の十字架には、勝利が秘められているのです。 御翼2008年11月号その3より
  

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