世に向かって公然と話す

A. 俳優・宇津井 健さんの信仰告白

 「(信仰により)『天国に召される』っていうのがあったから、堂々としていましたね」と、俳優の宇津井健さんが、2年前にすい臓がんで亡くなった妻・友里恵夫人について語っていました(NHKスタジオパーク出演)。ご自分の死期を知っていた夫人は、自分の死後も、夫が生活に困らないようにと、簡単な食事の作り方、家事などを教え、息子さんと二世帯住宅に住むように手配などをしてから天に召されたのです。友里恵夫人はクリスチャンであり、宇津井 健さんも教会で洗礼を受けているといいます。クリスチャンであることを、公然と語る日本人俳優がいることは、有難いことです。

B. 聖書より

イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。  ヨハネによる福音書18章20節

 大祭司アンナスは、イエス様が死刑を恐れて、今まで語ってきたことを否定するか、弁解することを期待していました。十字架刑は、非人道的で、残酷な方法であり、それを受けた囚人は通常、数日間も苦しんで死んでいったからです。ところが、イエス様は、それまでの発言を少しも取り消そうとなさらず、尋問に対し、今まで隠れることなく公然と話されていたことを伝えました。
 「世に向かって」は、イエス様の啓示がユダヤ人だけでなく、すべての人に向けられていることを示します。秘密にせず、明白にすることがイエス様の人生の特徴であり、クリスチャンもそうあるべきです。真理を広める者の生き方は、不可解で謎めいていてはならないのです。

C. 「So what?それでどうなるの?」

 大学を卒業し弁護士になったクリスチャンの佐々木満男先生は、当初から国際的な分野で仕事をしてきました。ところが激務に疲れ果て、生きる意味と目標を失い、人生をやり直そうとオーストラリアの大学に留学しました。そこで佐々木先生は学生伝道に専念していた若い医師と出会いましたが、彼は熱心に聖書を教えてくれました。そして、なかなか神さまを信じない先生とその医師はある時こんな問答をしました。(「恵みの雨 2008年10月号」より)
医師「ささき君、オーストラリアで勉強して、君は将来どうするの?」。
                  略
先生「最後の希望としては、国連事務総長になって世界平和に貢献したいです」
医師「とてもすばらしい希望だ。でも、それでどうなるの?」。
先生「そうですね、あとは引退して死ぬだけですね」。
医師「そうだね。死んだら君はどうなるの?」。
先生「うーん、死んだら消えてなくなってしまうだろうと思います」。
医師「そうか。もしそうなら、君は一体何のために生きているの?」。
 返事に窮していると、医師は目に涙を浮かべて話しだしました。
「ささき君、君の将来の構想はすばらしい。でもそれに一体どんな意味があるんだろうか?死んだらすべてがおしまいじゃないか。君はいずれだれからも忘れ去られてしまう。でもイエス・キリストを信じれば、君は死をはるかに越えた永遠の命を持つんだよ。今生きている世界よりももっとすばらしい世界があるんだ。・・・どんなに豊かで平和になっても、イエスを信じなければ、生きることの意味はつかめないよ。・・・これからは世界の人々の魂を救うために、福音を携えて出て行くんだよ!」
 当時の先生には何のことかわかりませんでしたが、年月がたち、ご自分でイエス様に出会ってから、ようやく彼のことばの意味の深さを理解しました。今や先生も、弁護士の肩書きを持ちながら、公然と神さまの愛とイエス様の福音を語り、多くの人々の人生に希望と救いを与えています。わたしたちも、そのような生涯を送りましょう。

D.結び

 イエス様は、処刑されることを承知の上で、何も隠さず、公然と世に向かって神さまの愛と罪の赦し、永遠の命について語られました。その堂々とした態度は、勇気を示すと共に、福音が、ユダヤ人のためだけでなく、全ての人々に向けられていることを示しています。わたしたちも、福音をこの世に向かって公然と語る人となりましょう。    御翼2008年10月号その4より
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