「目に見えない大切なもの」

A. 夫婦で卓球

 「順さんが楽しんでくれたらと思い、真ん中に打ち返しています」と牧師夫人の有希子さんが卓球をしながら言いました。有希子夫人は自分が勝つことよりも、相手のご主人である牧師先生のことを考えておられるのです。牧師先生が2000円で中古の卓球台を購入され、暇を見ては夫婦で卓球をするようになりました。夫人は中学のとき、卓球部でしたが、牧師先生は全くの自己流です。スポーツにおいて、得点以上に大切なことは、相手を尊重することなのです。
 復活のイエス様はマリアに呼びかけられ、地上のご自分にすがりつくよりも大切なことがあると言われました。それは、霊的な交わりです。

B.聖書より

  

イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」
ヨハネによる福音書20章17節

 イエス様はマリアに、昇天する前のご自分には触れてはならない、と言われました。大切なのは肉体的な接触ではなく、信仰によって復活のイエス様と交わることなのです。
 イエス様は、弟子たちを「わたしの兄弟たち」と呼んでおられます。神さまは、その独り子であるイエス様に対するのと同じ愛と恵みを、背を向けた人類にも賜ってくださり、イエス様の贖いによって神の子としての祝福を与えられる道を備えてくださいました。わたしたちに対する神さまの愛はそれほど深いものなのです。

  

C. 神さまの愛が現れたソフトボール対校試合

 2008年4月、女子ソフトボールで、ウェスタン・オレゴン大学とセントラル・ワシントン大学がリーグ優勝を掛けた対校試合を行いました。オレゴン大学4年生のサラは、生涯で初めてホームランを打ちました(しかも、3ランの場外ホームラン)。ところが、喜び勇んだサラは1塁ベースを踏み忘れ、1塁に戻ろうとした瞬間、右膝のじん帯を切ってしまいました。何とか1塁にはって戻りますが、痛みのあまり全く動けません。監督は代走を申し出ますが、主審は、代走になれば、ホームランは無効となり、1塁打になってしまうといいます(これは実は誤審)。
 どうすることもできずにいると、相手チームのマロリーが主審に、「すみません、わたしたち敵チームがサラをかついであげて、ベースを回ることはできますか?」と言いました。この試合はリーグ優勝がかかっているので、それは勇気のいる行為でした。相手チームを助けることはルール違反にはならないと審判の協議で一致すると、マロリーはチームメイトを呼び、動けなくなったサラを抱え上げ、サラの足をベースに触れさせながらホームベースへと向いました。3塁に進む頃には、サラの目には涙が溢れていました。100名ほどの観客も総立ちで3人を称え、目に涙を浮かべていました。このホームランが決勝点となり、サラのチーム、オレゴン大学が4対2で優勝し、プレイオフに進出しました。ワシントン大学のゲーリー監督は、常日頃、「勝つことがすべてではない」と選手たちに教えていたといいます。
 神さまは自らを犠牲にして、慈悲深く強い腕を差し出し、動けなくなった人を抱き上げ、神さまの国にまで連れて行ってくださいます。その腕は、人の罪のために傷つけられ、わたしたちの罪と悲しみを負ってくださったイエス様のものです。もちろん、マロリーはイエス様ではありませんが、正しいことのために、リーグ優勝を犠牲にするような行動に出た彼女を、神さまはイエス様の愛を表わすために用いられたのです。

D.結び

 人は、目に見えるもの、物理的なものにだけ価値を認めたがりますが、この世で最も大切なことは、へりくだって、自分の魂を神さまの霊で満たしていただき、イエス様が示してくださった神さまの愛を実践することです。そして、神さまに背を向けた人々にも、神さまは祝福を与えたいと、いつも声を掛けておられるのです。自分の魂を神の霊で満たしていただき、神さまの愛を実践する人となりましょう。
御翼2008年12月号その4より


  
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