「近づいてくださるイエス様」

A. とても「牧師らしく」写っています

 「メールとお写真、有難う。君はとても『牧師らしく』写っています(それは良い事です)」と、順先生にローランド・ハザマ師から励ましのメールが来ました。ハザマ師は、大学(UCLA音楽科)の先輩で、“So Live This Day”というゴスペルを作詞作曲した人です。ハザマ師が牧師をしていることを知った順先生は、約25年ぶりに連絡をとってみたのです。牧師同士、励まし合えたことを順先生はイエス様に感謝されました。
 復活のイエス様は、気落ちしていたペトロたちを励ますため、共に食事をされました。

B.聖書より

11節 シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。ヨハネによる福音書21章11節
 イエス様が十字架で死なれた後、ペトロは弟子をやめて漁師に戻ろうと、他の弟子たちと漁に出ました。魚が獲れずに帰ろうとしたとき、復活のイエス様が現れ、もう一度網を投げてみるようペトロに言われます。すると153匹の魚で網がいっぱいになり、網も破れませんでした。岸には魚を焼くための炭がおこしてあり、イエス様は、獲れた魚でペトロたちと共に食事をされます。イエス様に仕える人が、問題に直面し、世俗の職業に戻りたくなるときにも、イエス様は近づいてくださり、弟子たちに食事を与え激励したように、わたしたちに知恵と力を与えてくださるのです。
 153匹という数字は、全人類を象徴し、破れなかった網は教会をあらわします。教会には、あらゆる国の人々が全部入ったとしても、彼らを支えるに十分な大きさを持っており、教会はだれでも受け入れ、人種差別もありません。わたしたちが築くイエス様の体である教会は、分け隔てなく全世界の人々を救いへと導きます。

C.「一人、そしてまた一人」  マザー・テレサ

 カトリックの修道女マザー・テレサは、インドのコルカタ(旧 カルカッタ)で、「死を待つ人々の家」という施設を始めました。そこでは身よりもなく、死に瀕(ひん)した人々が引き取られ、手厚く介抱されながら最期の時を迎えます。幼いころ父親が民族紛争に巻き込まれて毒殺されたマザーの願いは、平和でした。
 マザーは修道女となり、1928年、インドに旅立ちます。やがて誰からも見捨てられ死に行く人々を救うため、修道院を出て、インドのスラム街に入りました。ところがマザーの一人ずつ救済する活動の仕方は非現実的だと言われ、「あなたのしていることは、確かに素晴らしいけど、もっと大掛かりで、現実的なやり方があるのでは?」と英BBCよりインタビューを受けます。しかしマザーは「私は大仕掛けのやり方には反対です。・・・『一人ひとりの触れ合い』こそ何よりも大事なのです」と答えました。1979年10月に、マザーはノーベル平和賞を受けました。そして授賞式で、マザーは「共に祈りましょう」と人々に呼びかけました。その後、世界各地で人道的支援をめざす、市民による支援活動が盛んに行われるようになりました。
 誰からも見捨てられて死に行く人々に、食事を与え、手を握り、語り続けたマザー・テレサは、一人ひとりの人間の尊厳を守ることが、平和への道であることを実証しました。それは、落胆するペトロたちのところにやってきて、食事を共にされた主イエスの姿です。そして、分け隔てなく人々を受け入れ、イエス様の愛を実践するマザーの活動は、全種類の魚が入っても網が破れなかったように、破綻することがなく、世界へ広がっています。それこそがイエス様がとられた道で、一人ひとりへの愛の業が世界を救うのです。

D.結び

 イエス様に仕える人が落胆する時、イエス様は近づいてくださり、知恵と力を与えてくださいます。そしてイエス様の体である教会は、人を差別せずに受け入れ、全世界の人々を救いへと導くのです。
御翼2009年1月号その3より


  
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