喜び(joy)で満たされる
A. ホエール・ウォッチング
 牧師先生ご一家がロサンゼルス滞在中、ホエール・ウォッチングに参加しました。鯨が見られる保障はないと聞かされて船に乗りましたが、三頭のグレー・ホエールを見ることができました。ご家族で神さまの偉大な創造物の一つである鯨を身近に見るという幸せを感じることができたのです。
 しかし、イエス様が与えようとしておられる幸せは、目に見えるものに左右されず、内面から起こってくる喜び(joy)です。この喜びは、出来事によらず、苦難の時も神さまにお委ねし、平安でいられる状態を指します。
 イエス様は、わたしたちがこの「喜び」で満たされるために、多くのことを話されました。

B.聖書から  
これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。ヨハネによる福音書15章11節
 「これらのこと」とは、ぶどうの木であるイエス様につながっていれば良い実を結び、喜びで満たされる、という約束です。喜び(joy)は、どんなことが起ころうとも神さまのお導きを確信し、平安で聖霊のお導きを楽しみにしている信仰生活によって生み出されます。苦難の中でも喜んでいられるのです。それに対し、人間が追い求める幸福(happiness)は、人生で起こる出来事によって与えられ、また取り去られたりします。
 イエス様につながっている人生は、悲しみがいやされ、病がいやされ、憂鬱な精神は晴れ晴れとし、魂は健全になり、力と清らかさと喜びで満ちています。イエス様は、わたしたちがその喜びを得るよう、願っておられるのです。

C. 牧師となったシューラー3世
 ロバート・シューラー博士の孫・シューラー3世は、祖父も父も牧師なので、どこでもきちんとしていることを過剰に期待されてきました。父親であるシューラー2世は、離婚しているため、その環境で成長することも楽ではありませんでした。15歳で自分の意志でクリスチャンとなった頃は、何でもクリスチャンらしくきちんとやろう、という思いでいっぱいでした。例えば、妹に悪ふざけをしたら、後になって、「あれはクリスチャンとしてすまなかった、ゴメン」と謝るという姿勢でした。
 ところが、シューラー3世は高校の時、麻薬の密売までしているような仲間にキリストの福音の素晴らしさを語りました。すると、その相手はイエス様を救い主として受け入れ、生活がどんどん変わり、今や海軍の従軍牧師となっています。やがてシューラー3世は、次から次へと学校の仲間を教会に誘い、そのリストはノートに裏表3ページにもなりました。「人の魂の救いのために行動し始めたら、聖霊が働くようになり、相手が変えられる体験がたくさんできた。そのことが大変な喜びとなって、伝道者となる決意に至った」とシューラー3世は語っています。
 自分がしっかりしなければ、と道徳的に考えていた頃は、喜びはありませんでした。ところが、人々の魂への配慮をしたとき、聖霊の力により伝道者として実を結び、今やクリスタル・カテドラルの旧会堂で立派に牧会しています。

D.結び
 だれでも、少しずつ、互いの魂の成長への配慮をすれば、聖霊の力が与えられ、その人にしかできないような方法で神さまの愛を実現できるようになります。イエス様の願いは、神さまを信頼する喜びでわたしたちが満たされることです。そこに喜びに満たされた生涯があるのです。
                                                 御翼2008年5月号その2より

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