「イエス様の証人」
A. キムチなどが辛すぎて
 「韓国では、キムチなどの辛い野菜ばかりで、野菜が食べられなかった」と、韓国を訪問後、来日したアメリカ人の世界矯風会サラ・ウォード会長とマーガレット幹事が言われました。牧師先生は、日本食にこだわらず、サラダバーのあるレストランにお連れすると、お二人とも久しぶりの洋食に大満足でした。また、マーガレット幹事が、お嬢さんのため高価な着物ではなく、バスローブのような着物を買って帰りたい、と言われるので、ネットで「浴衣」を検索すると、銀座のユニクロなら浴衣が販売されていることが分かりました。「これは外国人向けのツクリモノの浴衣ではなく、日本人が祭りなどに着て行く本物の浴衣よね」と、マーガレット幹事は喜ばれました。
 相手の必要を、次々と満たして差し上げることができるのは、神さまの霊(聖霊)の働きです。

B.聖書より  
あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。 
                                   ヨハネによる福音書15章27節

 最初からイエス様と共にいた使徒たちは、イエス様との長い親密な交わりから、イエス様の素晴らしさ、救いの恵みを知りました。それゆえ、自分たちの見たイエス様を世に証言しました。聖霊により、イエス様が神さまの子どもだと知った人は、その証人となる責任と特権が与えられています。わたしたちは、イエス様と共にある時にのみ、イエス様の証しができます。聖霊の働きを通してイエス様と個人的に交わり、導かれ、共に歩んだならば、イエス様の証人となるのです。

C. ターニングポイント――ヒルマン監督
 「神さま、どのチームからも声はかかりません。しかし私は、野球を通してあなたに仕えたいのです。あなたの忠実な兵士になります。信仰を公に表すことを恥とはしません」テキサス州のクリスチャン・ホームに育ち、13歳で洗礼を受けたトレイ・ヒルマンの夢は、大リーグの選手になることでした。ところが、プロ入りして3年間頑張りましたが、メジャー昇格は実現しませんでした。そのターニングポイントに神さまにお祈りしたのです。
 すると2、3日後、インディアンズから、スカウトマンにならないかと声をかけられました。スカウトマンになって初めて、自分は人にアドバイスをすることが得意だということに気づきます。2年後、二ューヨーク・ヤンキースのマイナーリーグの監督になると、2002年夏、それまでの実績を認めてくれた日本ハム・ファイターズから、監督にと声がかかりました。神さまが与えようとしておられるものは、いつでも自分にとって最善のものであり、自分を祝福したくてたまらないお方なのだと、それまでの経験から信じていました。
 日本ハムが見事優勝を果たした年に、有終の美として、そして家族のために、帰国することも考えました。しかし、ヒルマン監督は祈りの中で、神さまにもう一年日本に残るよう促されているように思えて残留を決めます。そしてこの年は、「野球を通してあなたに仕え、あなたの忠実な兵士になり、信仰を公に表すことを恥とはしません」とお祈りした通りに、教会やミッションスクールでイエス様のことを数多く証ししました。
 今のヒルマン監督は、大リーグ・ロイヤルズの監督として好成績を上げています。チーム再建の秘訣は、「押し付けではなく、対話し、どうしたら選手が心地よくプレーできるかを常に考えること」だと言っています。

D.結び
 クリスチャンは日々聖霊の助けを得て、神さまが生きて働いておられることの証人となりましょう。イエス様の証人とは、自分だけでなく、他の人々もキリストを知るように願う人のことなのです。                                                                                    
                                         御翼2008年6月号その2より

世界で活躍したクリスチャン HOME