「できると考えること―それは山をも動かす

A. あらゆる問題に創造的可能性が秘められている

 「唯一の解決策は新しい給水塔を建てることだ」カリフォルニア州のパシフィック大学構内の水不足が問題になった時、技師たちは言いました。それは、ぞっとするような提案でした。キャンパスの門を入ったすぐの所に巨大な給水塔を建てるのは、大学の正門の美観を台無しにするからです。そこで、給水塔を美しい建物にする設計が進められました。塔の周囲をセメントの壁で覆い、上部は給水タンクを隠すためにステンドグラスで飾り、中は近代的な役員室、会議室、放送局などにするというものでした。その給水塔は完成し、パシフィック大学の職員たちは、すばらしい眺めを事務所の窓から楽しんでいます。
  あらゆる逆境の裏には可能性が秘められています。「問題は解決できる」と発想することで、山(問題)をも動かすことができるのです。

B. 聖書から

「もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない」 
マタイ17章20節
 

 「山」とは障害や問題のことです。イエス様は、少しでも信仰さえあれば、問題は祝福へと導かれ、神さまと人のためなれば、できないことは何もないと私たちに力強く語っておられます。
 人は基本的に「できると考える人」と「できないと考える人」の二つのタイプに分けられる、とシューラー博士は言います。できないと考える人は、どのような前向きな提案に対しても、なぜそれが悪い案なのかばかり言いますが、できると考える人は、事柄について前向きな局面を発見しようとします。そのような人は、人生のあらゆる面での可能性を捜し求めるように自分自身を訓練し、障害をめったにないチャンスに変え、悲劇を勝利に変えることができるのです。

C. できると考えること―それは山をも動かす

 ロバート・シューラー博士は4歳のとき、宣教師の伯父から「君はいつか牧師になるんだよ」と言われました。それを、神さまからの召命だと受け取った少年シューラーは、「どうぞ神さま、僕が大人になったとき牧師にしてください!」と、その夜秘かに祈りました。それから約20年後、神学校を卒業し、牧師になる資格を取り、カリフォルニア州で新しいプロテスタントの教会を開拓するよう、教団から命じられました。
 カリフォルニアに来て、まずしなければならなかったことは、礼拝ができる集会場を探すことでした。シューラー牧師は、自宅から3マイル離れたドライブイン映画館を、日曜の朝、1回10ドルで借りることにしました。しかし、すぐに様々な社会団体や教会の指導者から、批判を浴びます。シューラー牧師の心は自信喪失の恐怖で満たされました。そのとき「あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、それを完成して下さるにちがいないと、確信している」(フィリピ1:6)という聖句が与えられ、失敗を恐れていたシューラー牧師の心はいやされました。
やがて多くの人たちが礼拝に来るようになり、シューラー牧師は、礼拝堂とドライブイン教会を併合した建物を造るために10エーカー(約12,200坪)の土地を購入することにしました。それには、120日以内に1万8千ドルの頭金を準備しなければなりません。シューラー牧師はその契約金を、最初に礼拝を始めたときから来ていた老夫婦の助けで、期限が切れる1時間前に支払うことができました。
 しかし、この計画を進めるうちに、この教会建設を不可能だと考えるメンバーが教会内で分裂し、シューラー牧師は2年間心臓麻痺で死んでしまいたいと思うほど苦しみました。「主よ、教えてください。私はどうしたらよいのでしょう。」すると、イエス様の言葉が、頭にはっきりと入ってきました。「わたしは、わたしの教会を建てる」(マタイ16:18)と。教会は自分のものではなく、イエス様のものですから、山積した問題の責任も主が引き受けてくださるのだと気付きました。シューラー牧師は全てを神さまにお委ねして休暇をとると、問題となっていたことは次々と解決し始めました。
 開拓伝道開始から50年以上たった現在、敷地は40エーカーとなり、シューラー2世を主任牧師として、総ガラス張りの礼拝堂・クリスタルカテドラルを中心に伝道活動が続けられています。その礼拝番組、アワーオブパワーは、毎週、世界中で2,000万の人々に見られています。

D.結び

 からし種一粒ほどの信仰さえあるなら、この山に向かって「ここからあそこに移れ」といえば、移るのです。できると発想し、不可能と思われる目標を達成しましょう。
御翼2008年9月号その2より
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