勇気と権威

A.包み込むような暖かさを感じます

 先生のお言葉はいつお聞きしても、心にしみます。包み込むような暖かさを感じます」牧師先生がTさんの納骨式をされた後、ご夫人からメールでお礼を言われました。
「人からしてもらいたいことを、人にしてあげなさい」というイエス様の言葉に従い、介護会社を始められたTさんは、「かの地にて おつとめ終えし 君を待つ」という言葉を残して天に召されました。その言葉は墓石に刻まれています。
 御言葉を語るときには、イエス様のように、愛と権威を持っていなければなりません。

B. 聖書より

イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。
ヨハネによる福音書18章6節

 イエス様は捕らえられるのをご存知で、ゲッセマネの園へお祈りに行かれました。すると、弟子の一人であるユダの裏切りによって、大勢の武装した兵隊がやって来ました。イエス様は逃げもせず、そこで堂々と「わたしである」と言われたのです。
 イエス様は、何の武装もしていませんでしたが、権威と力によって兵隊達はあとずさりして、地に倒れました。十字架の死と復活という、神さまの御心を行おうとするイエス様は、この世の力を恐れない勇気と兵士達を後ずさりさせるほどの権威と力を持っておられたのです。 

C. 北京パラリンピック出場の高田晃一さん(41歳)

 1992年バルセロナパラリンピック走幅跳のメダリスト(銅)・高田晃一さんは、今週から始まった北京パラリンピックの100m走と走幅跳に出場します。高田さんは、17歳のとき、空手の試合中に右目を負傷、入院中の薬物(ステロイド)の副作用で両目とも殆ど視力がなくなってしまいました。その後、体が動かせるという感謝の気持ちが生まれ、それまでは嫌いだった陸上を始めます。
 失明すると、「拝めば視力が回復する」などと、多くの宗教から勧誘があったと言います。ところが、高田さんは、偽者があるのは本物があるからに違いないと考え、キリスト教会に行ってみました。そこで、人間は皆罪人で、天から見れば偉い人もそうでない人も同じように見える、という宣教師の話に共感します。そして、自分も愛されているが、問題はその愛に応える気持ちがあるかどうかで違いが出てくるのだと分かりました。もう一つ、オリンピックなどで決勝の8レーンに残る人は、ほとんどがクリスチャンで、それは精神面が信仰によって安定しているからであろうと高田さんは言います。目の見えない走幅跳に立ち向かう勇気も、信仰によって与えられているのでしょう。
 高田さんは強がりではなく、今の状況をラッキー(信仰的には祝福)だとさえ感じていると言います。天から自分以外の力を与えられていると感じているからです。高田さんは、様々な陸上の本を読みましたが、一番の教本だと思ったのは、聖書でした。聖書の、「求めなさい、そうすれば与えられる」という言葉と十字架から、受動的走法を見出しました。走るために、十字架のように、縦に地面反力をいただき、横の推進力に変えるのです。地面をひっかいたり、地面を叩くという能動的走法は一通りやり終えているので、それ以上の力が欲しくなったときに、地面反力をいただいて委ねて走るようになったのです。
 たくさんのトレーニングと、天からの力にお委ねして競技に臨む高田さんの姿勢は、生き方そのものでもあり、イエス様により頼む高田さんには、勇気と権威があります。

D.結び

 御心を行う人は、勇気と権威に満ちています。神さまの救いのご計画にあずかるわたしたちも、愛と勇気、権威と忠誠を以って、イエス様に従いましょう。
御翼2008年10月号その2より
  世界で活躍したクリスチャン HOME