「クリスマスの奇跡―仲介」

A. 暗闇がないと赤くならないポインセチア

 クリスマスに飾られるポインセチアは、夜の時間が長くならないと赤くなりません。暗闇が長くないと色づかないのは不思議なことです。19世紀の米国の思想家・哲学者・作家・詩人・牧師であったラルフ・W・エマーソンは、「知恵のしるしは、平凡さの中の奇跡を確認することである」と言い、アインシュタインは、「人生を生きるには、二通りの道しかない。一つは、奇跡などあり得ないと思って生きること、もう一つは、すべてが奇跡であるとして生きることである」と言いました。クリスマスの奇跡は、神さまがご自分を現わすために、神の子となってイエス・キリストとして地上に来られたということです。

B.聖書より

「それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」
ヨハネによる福音書1章14節

 イエス様が「独り子」と呼ばれるのは、イエス様だけが父(神)と同じ性質を持つ、真の意味で唯一の「神の子」だからです。その独り子は、「恵み」と「真理」に満ちていました。
 「恵み」とは、神さまの独り子が、人間のために生き、死ぬために地上に来られたという、人類が受けるに価しない事がらを受けることです。
 イエス様は真理の御霊を送られ、人生を導かれます。イエス様は、わたしたちが人生の多くの岐路に直面するとき、正しい道を示される方なのです。

C.正しい導きが与えられたトラップ・ファミリー

 「なんて幸福なんでしょう!子どもたちがあんなに素晴らしい子たちだなんて、こんな事態にならなかったら、知りようがなかったんですもの」とマリアはゲオルク・フォン・トラップ大佐に言いました。地元オーストリアの銀行が世界大恐慌で倒産し、トラップ大佐は、預金していた全財産を失ってしまったのです。しかし子どもたちは、家に車があろうがなかろうが全く気にせず、新しい仕事や面倒なことも、張り切ってやってくれました。長男にも、大学を続ける費用も自分でやりくりしてもらわなければならないと告げると、彼はこの災難を微笑みをもって受け止めます。このことは、父親のやつれた顔に、灯をともらせました。マリアは、お金がなくなったのは、人生が真に素晴らしくなる前兆だと、心の奥底で感じていたのです。
 映画「サウンド・オブ・ミュージック」の主人公となったマリアは、幼少の頃両親を亡くし、親戚に預けられて育ちました。20才で神さまに仕えたいと修道院に入りますが、彼女は映画同様お転婆で、修道女には向いていないと思われていました。ちょうどその頃、オーストリア海軍の退役艦長で、妻に先立たれて7人の子どもを育てていたトラップ大佐から、修道院に家庭教師の要請がありました。派遣されたマリアは子どもたちと親しくなり、大佐から求婚されます。「それも神にお仕えする道」と相談した修道院長から言われ、マリアは大佐と結婚しました。
 マリアは子どもたちと一緒に聖書を読むという素晴らしい習慣を続けていました。何か困ったことがあっても、どうすればいいか悩んでいると、ちょうどぴったりの御言葉が頭に浮かんでくるのです。「なんでも求めなさい。そうすれば、与えられる」(マタイ)という御言葉から正しい導きを求めると、アドバイスが与えられました。それは、屋敷内に礼拝堂をつくり、カトリックの大学の学生たちを宿泊させるというものです。ミサにやって来た音楽家の神父が、歌の指導をし始め、トラップ・ファミリー合唱団が始まりました。トラップ・ファミリー合唱団は、国内のコンテストで優勝すると、ラジオ番組への出演依頼があり、ヨーロッパ各地を公演旅行して収入を得るまでに発展していきました。
 ナチス・ドイツの命令に背き、亡命先の新天地アメリカでも、トラップ・ファミリー合唱団は名声を得、神さまの愛を分け与え、人々の魂を救うために用いました。

D.結び

 全知全能の創造主なる神さまが、小さな赤子としてベツレヘムにお生まれになりました。イエス様を受け入れ、クリスマスの奇跡を体験しましょう。
御翼2008年クリスマス号より


  
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