「迫害は宣教の機会」

A. 準1級を取れば

 「英検準1級を取れば、直ぐに講師として採用します」と、順牧師先生の元にある英会話学校から返事がありました。その学校の講師採用の面接を受けていたのです。ところが、講師となる条件は英検準1級以上で、過去40年間、日曜日にしか行われていない英検の試験を礼拝を欠席して受けなければならず、それは、英会話講師をする必要はない、と神さまが言われているのだと先生は受け止められました。その直後、デポーション誌「マナ」の執筆依頼をいただき、とても英会話学校で教えられるようなスケジュールではなくなりました。また、同じ英語を教えるのなら、伝道のためになるようにしようと、毎週第一と第二の礼拝の間に、「英語による可能発想の学びの会」を始めるきっかけとなりました。 
 人の計画とは反対の方向に物事が進むことで、福音が世に広まって行くことは多いのです。そして、教会が迫害されることで、福音が更に広まった、というのが今回の記事です。

B.聖書より

  さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。使徒行伝録8章4節

 ステファノが殉教の死を遂げた後、エルサレム教会に対して大迫害が起こり、ステファノを指導者としていたクリスチャンたちの多くが、ユダヤとサマリヤとの地方へ散らされて行きました。その人たちは各地で福音を広め、やがてローマにまで達します。イエス様の福音は、迫害があったことで、ますます広まって行きました。神さまに反逆する人間が、イエス様に従う人々を迫害したことを、神さまは福音を広める機会として用いられたのです。その過程でどんな迫害に遭おうとも、それを問題にしないでいられることが、霊的に成熟した状態です。

C. サタンの攻撃(迫害)に耐えたHさん

 今年7月、普段は勤務と体調不良でなかなか礼拝に来られない教会員のHさんから、「今月は19日に休みが取れましたので、聖日礼拝に出席致します。その際に、『いのちのことば社』勤務時代の先輩(Iさん)を一名お連れ致します」と連絡がありました。このIさんが、月刊ディボーション誌「マナ」の編集をしておられ、Hさんは、順先生をこの編集の方に紹介したいと願っておられたのです。その結果、礼拝に来られたIさんが、編集長に順先生を執筆者の一人として推薦してくださり、「マナ」の執筆が決まりました。ところが、7月の日曜日に、Iさんと礼拝に来ようとしていたHさんに、大変な出来事があったと後日メールで教えてくださいました。
 Iさんと牛込キリスト教会に行こうとした聖日の前夜、夜中に同居しているお兄様が急に激しい嘔吐に襲われて、救急車で病院へ運ばれました。病院に着いたのが聖日の午前2時で、点滴治療が終わり、自宅に戻られたのは午前6時です。Hさんは、結局一睡もできず、フラフラになっていました。
 Hさんは「よりによって何故今日、次兄が食中毒に!?サタンだ!私を礼拝へ行かせないためか…」と思われ、「サタンよ立ち去れ、主の御名によって命じる!」と何回も何回も祈られました。そして、そんな妨害にも負けず、あの日無事に聖日礼拝に向かえたのは、イエス様の支えがあったからだとHさんは言われます。
 神さまの業が行われようとするとき、必ずサタンはこのような邪魔をしてくるものです。ところが、Hさんは信仰により、サタンの攻撃に見事に対処されました。また、順先生にとってこの出来事は、英語学校で教えるのではなく、「マナ」の執筆をしていることが、確実に神さまの御心に適っていることだという確信が与えられました。

D.結び

 イエス様の福音は、それを宣教する人が、サタンの攻撃に遭ったり、迫害されることで、更にこの世に広まって行きます。福音を伝える目的が達成されるならば、その過程でどんな迫害に遭おうとも、問題ではありません。
御翼2009年10月号その3より


  
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