「目から鱗(うろこ)」

A. 自ら失点を認める選手(世界卓球選手権)

 福原愛選手とドイツのシャール選手が対戦した(ダブルス)今年の世界卓球選手権で、日本チームの打った球が、ドイツチーム側ぎりぎりに入りました。ところが審判はアウトだと言い、得点は動きません。するとシャール選手がスコアボードに歩み寄り、自らスコアボードをめくって日本に一点を入れました。
 そんなとき「(敵のチームに自ら点数を入れる)そんな競技が世の中にあると知って、目から鱗(うろこ)だった」などと言いますが、「目から鱗」という言葉は聖書から来ています。自己中心的な生き方をしていたサウロが、悔い改め、イエス様に従う人生を送るように変えられた時に、目から鱗が落ちたのでした。

B.聖書より

(18)すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、(19)食事をして元気を取り戻した。使徒行伝録9章18〜19節
 イエス様に遣わされたアナニアがサウロの上に手を置くと、サウロの目からうろこのようなものが落ち、再び目が見えるようになりました。「うろこが落ちる」とは無益な想像が精神から取り去られることです。そして神さまの愛と力、イエス様の福音を宣べ伝えるための器として用いられます。人生に対する無益な空想を取り去られ、本来の生き方へと導かれるのです。神さまによって選ばれた人は、神さまの国の実現のために、労苦する栄光も同時に与えられます。

C.自殺志願者だったライオン(株)の創業者・小林富次郎

 小林富次郎(1852〜1910年 埼玉県出身)は、1891年起業し、マッチ製造を手がけ、世界へ輸出しようとフランスから最新鋭の機械を導入しました。1年分の原木も買い付け、川につなぎ止めていたところ、操業直前、大洪水が起こり、一晩で原木が河口へ流されてしまいました。富次郎は、流れた原木で破壊された橋の賠償責任まで負わされます。もはや自殺以外にないと考えた彼は、たもと一杯に石をつめ、橋の上から飛び込もうとしました。ところがその時、「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。」(ヘブライ12:11)という聖書の言葉を思い出します。それは3年前、洗礼を授けたときに牧師からのはがきに書かれていたものでした。今の苦難も、神さまはすでにお見通しで、生死の瀬戸際でこの言葉を思い起こさせてくださった神さまの心くばり---愛が、自殺を思いとどまらせたのです。「そうか、この試練は私を鍛え、成長させるためのものなのか。」と、それは目から鱗が落ちるような体験であったにちがいありません。そして、もはや再び死にたいとは思わなくなりました。
 富次郎は工場の機械を売却し、小林富次郎商店を開設し、牧師から歯磨き粉の製造方法を聞き、これを研究して発売しました。1896年には「ライオン歯磨」のブランドで歯磨き粉を発売、これが大ヒットし、今日のライオングループ発展の礎を築くこととなりました。晩年は伝道に熱を入れ、このような信仰は一族に受け継がれて、その中から牧師や伝道者を輩出しました。
 後年、富次郎の親族の一人は、もし大洪水に遭遇せずマッチ工場が成功していたとしても、マッチの需要は燃料革命によってジリ貧の一途をたどるばかりで、信仰によって試練を乗り越え、石鹸関連業種へと事業転換を決断したことは、まさに神様の導きだ、と語っています。
イエスを自分の人生の救い主(キリスト)として受け入れた時、神さま結ばれ、誰でも永遠にして無限のいのち、愛、希望、平安、知恵、活力を、無償で受けることができます。ここに希望を置くと、再びチャレンジし、人生をやり直す力が与えられるのです。どんな困難やつらいことも、それは神さまがすべてを御存知の上で起こっているのだから、神さまを信じて、明るい思いで前進することが大切です。

D.結び

 神さまは人を、神さまの愛と力を宣べ伝えるための器として用いようとしておられます。神の子としての正しい生き方へと導かれるために、救い主、イエス・キリストを受け入れましょう。
御翼2009年11月号その3より


  
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