聖霊の力で地の果てまで証人となる

A. さだまさしの価値観

 「年をとって、神様が『ご苦労さん、もういいよ』と言う日が来たとき、自分で納得できるのは何を成したかではなく、どのように一生懸命がんばったかだと思います」と言ったのは、シンガーソングライター・小説家のさだまさし氏です。
 「年の初めはさだまさし」という番組(NHK)の中で、さだ氏が、視聴者からのハガキを読みながら、自分の価値観・道徳観を述べていました。それはとても聖書的なものでした。さだまさし氏が正しい道徳観を述べただけでも、世に対してインパクトがあるのですから、わたしたちクリスチャンが、普段の生活で信仰を表しながら正しい生き方を語り、その通り生きたならば、地の果てまでキリストの証人となれるはずです。

B.聖書より

あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」使徒言行録1章8節
 困難な時代にいると、人は将来の夢ばかり見て、今やるべきことに集中しなくなりがちです。ユダヤ人たちも、自分たちの国家の成立を夢見ていました。しかしイエス様はここで、未来を待ち望むのではなく、今成すべきことを示されました。それは、聖霊に満たされ、キリストの証人となることです。将来のことは心配せず、わたしの証人となることから始めなさい、神の力がどう現されるのかを示しなさい、とイエス様は言われました。謙遜になり、聖霊で満たされた人は、地の果てまで神さまの愛と力を現す証人となるのです。

C.イレーナ・センドラー――ホロコーストの子ども達の母

 第二次大戦中のポーランドでは、ユダヤ人たちは、ナチスドイツに迫害され、ゲットーと呼ばれる高さ3mのレンガの壁で囲まれた狭い地域に隔離されていました。そこでは、飢え、病気、寒さのため毎月5〜6千人が死んでいきました。やがてユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)が始まり、「絶滅収容所」へ順に移送されていきました。そんなゲットーから2500名ものユダヤ人の子どもたちを密かに連れ出し、国外の施設に預け、養子に出し、生きられるようにした20代の若いポーランド女性がいました。ユダヤ人救援地下組織リーダーで、カトリック教徒のイレーナ・センドラーです。
 イレーナは、カトリックの家庭に育ちます。当時、ヨーロッパでは「発疹(ほっしん)チフス」が大流行し、医者であるイレーナの父は自らも伝染病にかかる危険を冒して、貧しいユダヤ人たちを無償で見てあげていました。しかしやはり感染してしまい、天に召されました。死の床で、父はイレーナに「誰かが苦しい思いをしていたら、知らないふりをしてはいけない。何があっても、助けようとする努力が大切なんだ」と言い残しました。
 イレーナはこの父の生き方を受け継ぎ、父のように困っている人を助けようと、社会福祉士(ソーシャル・ワーカー)として、ユダヤ人たちを支援する活動を戦前から行います。ナチスがユダヤ人たちをゲットーに入れてしまうと、イレーナは保健局とのコネでゲットーに入る許可証を入手し、約20名の仲間と共に、ユダヤ人の子どもたちを救出しました。ユダヤ人を助ければ、助けた本人も家族も処刑されるという、命懸けの仕事でした。1943年、イレーナはいよいよゲシュタポ(秘密国家警察)に捕まり、助けた子どもたちの居場所を言わせようと、拷問を受けます。手と足の骨が折れるまで殴られたり、蹴られたりしましたが、彼女は黙り通しました。その後死刑宣告を受けましたが、仲間が守衛のドイツ兵に賄賂を渡し、彼女は解放されました。
 生前、彼女はこう語っています。「・・・文明は進みましたが、大量殺戮兵器の開発は今も続いています。それでも私は、愛が勝つことを信じています」と。聖霊の力を受け、キリストの愛を貫き通したイレーナ・センドラーさんは、1999年、新聞に載り、その後世界中に知られ、地の果てまでキリストの証人となったのです。

D.結び

 どんな時代でも成すべきことは、イエス様の証人となることです。聖霊で満たしていただき、地の果てまで、神さまの愛と力の証人となりましょう。
御翼2009年2月号その3より


  
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