誰もが理解する言語―― 愛、救い、希望

A.「乗り越えられぬ試練なし」

 「神様は乗り越えられない試練は与えない(コリント第一10:13)。苦しいかもしれないけれど、頑張れば必ず力になる」牧師でもある小倉義明校長先生が、高校生ギタリスト村治佳織さんに励ましました。中3でCDデビューした佳織さんは、学校とギターに使える時間の両立の難しさを感じていたのです。でもその御言葉を聞いて以来、佳織さんの心が不安に支配されることはなかったといいます。(日経新聞2009年2月19日夕刊より)。
 村治佳織さんの演奏には、傲慢さが全くなく、全ては神にお委ねするという謙遜さを感じさせます。そして、謙遜な魂には聖霊が降(くだ)るのです。

B.聖書より

ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」
                            使徒言行録2章11節

 ここでは使徒たちが突然、誰でも分るように外国語を話し出したように書かれていますが、使徒たちが未知の「外国語」を話したと必ずしも受け取る必要はありません。聖霊を受けた使徒たちは、謙遜になり、異なった地方の人々でも理解でき、真っ直ぐ心に届くように神さまの言葉を語ることができたのです。
 使徒たちが愛、忠誠心、根本的な欲求、死、犠牲、罪と救い、人生への希望など、人生の基本的な問題に触れ、そこにいかに神さまの素晴らしさが現れたかを話したので、その内容は人種や国籍を越えて、よく理解されました。

C.「よい子症候群」から解放されて―― 本田(ほんだ)哲郎(てつろう)司祭

 大阪市西成(にしなり)区の「あいりん地区(釜ヶ崎)」には、長引く不況で路上生活をしている人々が数多くいますが、カトリック司祭・本田哲郎さんは、そこで1989年から20年間、労働者支援活動を続けています。曽祖父の世代からキリスト教の家系に生まれた本田神父は、四代目のクリスチャンで、いつも「人からよく思われたい、人から尊敬されなければならない」と思っていました。学校ではいつもいい子を演じ、中学生のとき、宣教師に誘われるがまま神父になる道を歩みます。大学時代も、修道院に入ってからも、人から一目置かれていたい、という気持ちを持ち続け、神父になってからもそれは変わらず、「よい子症候群」になっていました。
 釜ヶ崎の労働者と出会ったのはその頃です。ある晩、寝ているホームレスの人に「毛布要りませんか?」と声を掛けると、うつ伏せに寝ていた相手はびっくりしてこちらを見ました。「あ、何かされる!」と本田神父は被害意識を持ち、思わず身をよけます。しかし相手は、「兄ちゃん、すまんな、おおきに」とニコニコして言いました。その言葉を聞いて、本田神父の緊張はいっぺんに解け、嬉しくなりました。
 それから東京に戻ると、いつのまにか「人の目を気にする自分」というのがなくなっていました。釜ヶ崎で労働者のための食堂を運営していたプロテスタントの牧師・金井愛明先生がこう教えてくれました。「炊き出しの列の一番後ろに並んでいる人、自分の分はあるかなと心配している一番最後にいる人、最も小さくされた状態にいるその人と同じ目線で、神様は世の中を心配しておられる」と。イエス様は、小さくされている人の側に立っておられ、小さくされている側に、神さまの力は働いています。
 本田神父は、小さくされた者と接することで、よい子症候群から解放されました。いい格好をするのではなく、神さまと人の前で謙遜になり、貧しい者に仕えるまでになりました。そこには、神さまがおられ、人間として大切なものは、この世の名誉ではなく、犠牲愛、魂の救いであることがわかります。

D.結び

 使徒として伝道するとき、謙遜になって聖霊を受けて、自由に福音を語る力を受けなければならなりません。謙遜になって聖霊を受け、自由に福音を語る力を受けましょう。愛、罪と死、救いに神の御業が働いていることを話すとき、誰もが理解できる言葉となります。
 御翼2009年3月号その3より


  
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