「私たちの体こそ、聖霊が宿る神殿」

A. 神さまが宿る唯一の場所

 牧師先生が小学生の頃、小さな神社を指して、「あんなの神さまじゃないよ」と言うと、同級生の友達は、優しく、「あそこに宿るってことじゃないかな…」と言いました。しかし、天地の創り主である神さまが、人の作ったものに宿るということはありません(使徒17:24 「神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません」)。ところが一つだけ宿るところがあります。それは私たち自身なのです。
 神さまがアブラハムに呼びかけられたのは、神殿においてではなく、直接でした。

B.聖書より

(2)そこで、ステファノは言った。「兄弟であり父である皆さん、聞いてください。わたしたちの父アブラハムがメソポタミアにいて、まだハランに住んでいなかったとき、栄光の神が現れ、(3)『あなたの土地と親族を離れ、わたしが示す土地に行け』と言われました。使徒言行録7章2〜3節
 ユダヤ人たちはステファノを憎み、偽証をたてて最高法院に引いて行きました。ステファノは伝道の機会にしようと、語りだします。アブラハム(紀元前2100年頃の人)とは、ユダヤ人は神の御心を伝えるための選民である、という契約を神さまから受けた、信仰の父と呼ばれる人物です。神さまは、アブラハムに直接話しかけられました。一箇所の神殿などに閉じ込められず、イスラエル民族を通して、最後には、神のひとり子であるイエス様を通して、神御自身を示されました。それゆえにステファノは、神殿や儀式がなくても、イエス・キリストによって、神さまと交わることができる、とステファノは主張しています。。  

C.「医療とキリスト教」−淀川キリスト教病院名誉医院長 白方誠彌(せいや)医師

 淀川キリスト教病院名誉院長の白方誠彌(せいや)先生は、大阪・淀川キリスト教病院の初代日本人院長として18年勤務され、京都・日本バプテスト病院長を11年間務められた脳外科医です。先生は、患者を心と体だけでできているとするか、心と体と魂でできているとするかで、医療現場に大きな違いが出てくると言われます。
 そして、キリストへの信仰は、天国への希望を与え、死に勝つ力を与えます。白方先生が脳外科医としての体験されたことです。ある24歳の脳腫瘍の患者は、看護師を用もないのに呼び出したりして困らせていました。淀川キリスト教病院伝道部のチャプレンの働きによって受洗してからは、態度が一変して、感謝を述べるようになりました。呼吸困難の中でほほ笑みをもって天国へ旅立った彼の信仰を見た看護師は、教会に通い始め、クリスチャンになったといいます。
 また、白方先生達が、1980年夏に脳腫瘍にかかった病院の初代院長ブラウン医師のお見舞いに行ったときのことです。ブラウン医師は、フィリピ1章21節の「死ぬことは利益なのです」を引用し、現在の心境はこの聖句の通りであると語りました。天国に行ったら星の創造について、直接神さまに聞きたい、死ななければ聞けないのだから、死ぬことは利益なのだと言われます。それを淡々と語る様子は、天国への確信を示されていたのです。翌年65歳で召天しました。
 私たちの魂には、神さまの霊が降(くだ)ってきます。だから、私たちの体は聖霊が宿る神殿なのであり、聖霊が宿ることが、心と体のいやしにつながります。

D.結び

 人は教会や礼拝においてではなく、イエス様の贖いにより直接、神さまと交わることができます。私たち自身が、神さまの霊が宿る神殿なのです。イエス様の贖いを受け入れ、魂を聖霊で満たしていただきましょう。
御翼2009年8月号その4より


  
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