2014年御翼1月号その1

自分の問題を忘れ、他の人を助ける

  


ウォルト・ディズニーは、クリスチャンの両親に育てられた。「この緊迫した世の中で、人類は今までになく信仰が試されている。私は、神からの霊感を与えられる祈りというものを、幼い頃に教えてくれた両親に感謝している。私にとって祈りとは、願いを叶えさせたり、知って犯した過失について言い繕ったりするものではない。祈りとは、導きと力を与えられるだけでなく、命に確信を持ち、それ故、神を敬い讃えるためのものである」とウォルトは信仰について語る。そして、子どもたちには、この世には光と闇があり、善は悪に必ず勝利するのだということを教えなければならない、という。動機が神と人への愛だったディズニーのアニメーションは、子供にも大人にも益となる物語と歌を伝えるようになっている。ディズニーのアニメで成功したものは、霊的なメッセージが込められているものだと言われている。白雪姫をそそのかしてリンゴを食べさせる魔女は、エデンの園で人を誘惑する蛇(サタン)を表す。一度、眠るような死を迎えた白雪姫を甦らせる王子様は、イエス様であり、これは教会を花嫁、救い主を花婿に喩える聖書の教え(マタイ九)に通じる。
ウォルトは、教会に通ってはいなかったが、神への信仰は常に持っていたという。教会での古めかしい律法主義に幻滅していたが、個人的には神との関係を持ち続けていたのだ。そして、子供たちを非行から守るには、説教するよりも、善いことに関心を持たせ続けることだという。
 以下は、クリスチャン・D・ラーセン(キリスト者)の(楽観主義者の信条)である。
[1]なにごとにも心の平安をかき乱されないほど強ぐなることを誓う。
[2]出会う人びとと、健康、幸福、繁栄について語り合うことを誓う。
[3]すべての友人が、自分は何かよいものをもっているのだと感じられるように、手助けすることを誓う。
[4]すべてのことのよい面を見つめ、自分の楽観主義に従うことを誓う。
[5]最善のことだけを考え、最善のことだけのために働き、最善だけを期待することを誓う。
[6]自分の成功のために努力することはもちろん、他の人の成功のためにも情熱を傾けることを誓う。
[7]過去の失敗は忘れ、未来のより大きな達成のことを胸に抱くことを誓う。
[8]人にはつねにやさしく接し、出会うすべての生きものに、ほほえみかけることを誓う。
[9]自分を成長させるために時間を用い、他の人を批判するひまなどなくすことを誓う。
[10]悩みをもつには大きすぎ、怒るには高貴すぎ、恐れるには強すぎ・問題を認めるには幸福すぎる人間になることを誓う。
 自分のなかに喜びと情熱を築き上げる確実な方法は、自分の問題を無視し、他の人の重荷を軽くすることに努めることである。落ちこんだり、憂鬱になったり、くよくよ悩むときのいちばんよい治療法は、誰か他の人の悩みに同情を向けることなのだ。
N・V・ピール『説教的考え方の人生』(ダイヤモンド社)より

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