2017年御翼10月号その4

                         

オズワルドの生い立ち

 Dr.ジェームス・C・ドブソンが、著書『劣等感からの解放』で以下の出来事を紹介している。
その少年の母親は、男勝りの体つきをし、人を押しのける性格で、誰をも心から愛したことのない人だった。三回結婚したが、二番目の夫は、彼女からの暴力を理由に離婚した。この子の父親は、三番目の夫で、彼は子どもが生まれる数カ月前に心臓マヒで死んだ。母親は少年が幼いときから長時間労働をせざるを得なかった。
 母親は、息子に何の思いやりも愛も示さず、しつけも訓練もしなかった。仕事場へ電話することさえ禁じ、彼はひとりぼっちで過ごした。他の子からも相手にされず、十三歳の時には、スクールカウンセラーが、「おそらく彼は『愛』ということばの意味さえ知らないのではないか」と言った。知能は高かったのに成績はふるわず、高校三年で退学、彼は海兵隊に入る。男らしくなれると聞いたからである。しかし、そこでも他の隊員にあざけられたので、問題を起こし、上官に反抗したため軍法会議にかけられ、除隊処分を受ける。彼は二○代前半で友人もなく行き詰っていた。
 問題から逃げようと、ある外国に住んだが、何も変わらない。滞在中に私生児であった女性と家庭を持ち、米国に連れ帰る。間もなくその妻も、彼を軽蔑するようになった。子どもを二人もうけたが、父親として尊敬されず、妻は、買えるはずのない高価な品物をねだった。厳しい現実の中で、味方になってほしいと願った妻が、最もてごわい敵となったのだ。妻は彼を言い負かし、いじめるようになり、ついには家から追い出してしまう。一人でやり直そうとしたが、孤独に悩み、数日後、家に帰り、プライドを捨ててよりを戻してくれと妻に懇願した。そして、わずかな給料から78ドルを差し出し、自由に使ってくれと言った。ところが、彼女は鼻でせせら笑ったのだ。経済的負担を担おうとした彼を軽蔑し、過去の失敗をあげつらった。居合わせた友人の前で、夫の性的不能を笑いの種にした。彼を必要とする人は誰もいなくなり、その自己像は粉々に砕かれた。
 翌日、彼の目つきは変わっていた。車庫に隠していたライフル銃を取り出し、最近勤め始めた本屋の倉庫へ行き、その建物の六階に上がった。そして窓から二発の弾丸をジョン・F・ケネディ大統領の頭部を狙って撃ったのだ(一九六三年)。人から見放され、愛されることのなかったリー・ハーヴィー・オズワルドは、自分に欠けていたもの、即ち成功、美、富、そして家族の愛情のすべてを、この地上の誰より持っていた人物を殺害した(とされている)。
 孤独な幼少時代からオズワルドの毎日は、劣等感に押しつぶされんばかりだった。彼が幼い頃に、親や他の子どもたちに受け入れられなかったことが、十代にフラストレーションとなり、歪んだ大人時代と犯罪につながった。人は劣等感を放っておくと、とんでもないことになりかねない。
 人は三、四歳の頃から自分の価値について疑問を持ち始める。「僕って何なの? 誰か僕を必要としてくれる人はいるの? 僕を愛してくれる人はいるの? 人に受け入れてもらえるかしら? 笑われるかしら? 人と競争できるだろうか? 世の中に私の居場所があるかしら? 愛してくれる人がいるだろうか?」と。どんな子どもも、こういう疑問に対する答えとその根拠を探し始める。
 答えはキリストの十字架の赦し、無条件の神の愛にある。しかし、子どもは、この神の愛を、まずは親を通して体験しなければならない。親から子への愛は三つの柱で支えられている。その三つとは、子どもを認め、信じ、思いやることである。欠点も含めた全存在を受け入れ、愛してくれる親というものが、子どもには必要なのだ。そして、容姿や頭の良さと言ったこの世的な価値基準ではなく、正直、誠実、勇気、技能、ユーモア、母性、忠実、忍耐、勤勉など、古くから美徳とされた聖書的な価値観で子どもたちを育てよう。

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