2017年御翼3月号その1

                              

次郎は『次郎という仕事』をしている」―― 白岩佳子さん

  昨年、相模原市の障害者施設で刃物による大量殺人事件が起こり、重度の障害者19名が犠牲となった。犯人は26歳の元職員で、「障害者はいらない存在だ」と発言した。それに対し、ネット上では、容疑者の思想に賛同する人が予想以上にたくさんいたという。NHKでは事件直後から、障害者やその家族の声を募集し、伝えてきた。約五百件の回答があったが、多くが事件に対する怒りや悲しみ、やりきれない思いを綴っている。中には、「事件後、外出するのが怖くなった」という障害者の書き込みもあった。その中で、「次郎は『次郎という仕事』をしている」という書き込みがあった。知的障害のある息子と暮らす、三重県の白岩佳子さん(53歳・介護福祉士)からだった。現在22歳の次郎さんはIQ18、語彙は10程度である。
 四年前、次郎さんは自分で買い物に行きたい、と言った。母はGPS付きの携帯電話を持たせて、一人で外出させるようになる。最初は、人に迷惑をかけるのではないか、と心配したが、周囲に助けられ、上手に買い物をしているという。買い物に出かけると、次郎さんは次々と街で出会う人たちに声をかける。「次郎は、面白いことに、言葉でのコミュニケーションはできないが、コミュニケーション能力は高い。私は親として、『こんな言葉もしゃべれない子どもを一人で出して、親は何をやっているんだ』という非難を受けないか、という恐れを感じていたのだが、本人はいたって楽しそうだ。先日、次郎の買い物をそっと見てくださっていた学校の先生に、『次郎くんは、困った時には、大人が助けてくれると思っているんですね』と言われた。人を信頼すること、それが、次郎が地域で生きる力になっているようだ。私は障害者と健常者の間にある重い扉を開けるのが、次郎と私の仕事だと思っている。次郎が歩く健常者の世界は、豊かで優しい世界なのだと思う」と母は書き込んでいる。
 自立生活センター東大和代表の海老原宏美さん(東洋英和女学院大学・臨床心理 障害者の地域生活の相談支援を行っている)は、「障害者はどうしても生産性ではかられることが多い。仕事ができる障害者は偉い障害者だとか、コミュニケーション能力が長けている障害者は良いという基準で量られてしまう。でも、どんな人にでも、その人らしさ、その人の良さとか面白さがある。それを見つけたり、引き出してあげたりしようとするかが大切である。それは、その人自身と周りとの相互関係、信頼関係の中から生まれてくる」と言う。更に、“できない”ということが社会にとってすごく大切だと思っている。自分にも重度の障害があり(脊髄性筋萎縮症という進行性の難病)、なんでも手伝ってもらう生活をしている。それをすごく負い目に感じてしまう障害者がいる。一方で、何かを手伝ってもらったときに、『ありがとう』と言うことで、相手も良い気分になる。そういうことを考えると、お互い様かな、と思うところがある。ただ、一人の人にいつでもお願いしていると負担になってしまう。だから、町の中に出て、いろんな人にちょっとずつ頼む。その人にできることを少しずつ頼む、ということで、皆がハッピーになる。一回誰かの手助けをすれば、こうすればよいのだ、ということが分かり、その経験から、困っている人に「何かお手伝いをしましょうか?」と声をかけやすくなる。そういう相互作用が継続し、広がって行く。それによって町が変わって行く。人の価値観を変える、という大きな仕事を次郎さんはしているのだ」と海老原さんは言う。 ハートネットTV 障害者殺傷事件から半年 次郎は“次郎という仕事”をしている NHK Eテレ 2017.2.2
海老原さんは、東洋英和女学院大学出身であるが、その学院標語(建学の精神)は、「敬神奉仕」(神を愛し、隣人を自分のように愛すること―マルコ12・30~31)である。そして、「“できない”ということが社会にとってすごく大切だと思っている。お礼を言うことで、手つだってくれた相手も良い気分になる」ということは、イエス様が言われた「受けるよりは与える方が幸いである」(使徒20・35)に通じる。

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