2017年御翼9月号その4

                          

人生は公平ではないが、神は良いお方である

 ロバート・シューラー博士がLife’s Not Fair, But God is Good (人生は公平ではないが、神は良いお方である)という本を書いている。以下は、それからの引用である(和訳本、未刊)。

人生は公平ではないが、神は良いお方である。そのことに気づくために、以下のことをしよう。
1.失ったものにではなく、残されているものに目を向けなさい。
 あなたには、人生をハッピーエンドにする能力がある。前向きに取り組むことで、良い結果をもたらす機会は、いくらでも残されている。残っている物事に対し、最善を尽くしたと言えるだろうか。そうしたとき、神が人生を成功に導いてくださるのだ。
「与えられた課題に対し、最善を尽くす事が、人生の目的である」とあるクリスチャンの身障者が言っている。
2.自分の資産(利点、強み)を再評価しなさい。
 人は必要に迫られるまで、どれだけ素晴らしい信仰を持っていたか、気付かないものである。
 「良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです」ヤコブの手紙1章17節
ベートーヴェンは、ウィーンの人たちから敬愛される作曲家だった。しかし、悲劇が訪れる。彼の聴力が次第に衰えてきたのだ。難聴は深刻さを増し、やがて殆ど聞こえなくなる(ピアノの高音部だけはかろうじて、骨を伝わって聞こえた)。
 人生は公平ではない。よりによって人気作曲家の聴力が奪われるとは。彼は音楽の世界から退き、修道院に引きこもった。ところが、その修道院にいるときに、神がベートーヴェンに語られた。彼の頭でしか聞こえないような音楽を与えられたのだ。それが交響曲第九番である。ウィーンの素晴らしいホールで初演されたとき、ベートーヴェンは指揮者の隣りに、聴衆に背を向けて立った。演奏が終わっても、聴衆の大拍手が聞こえなかったので、じっと立ちすくんでいるベートーヴェンを、指揮者が喝さいを浴びせている聴衆の方に体を向けさせたという。
 ベートーヴェンの有名な曲の殆どは、 聴力を失ってから作られたものだった。初期の作風は、モーツァルトやハイドンの影響を受けていたが、それらを切り捨てて実験的な構成を取り入れたり、一般的ではない技法を取り入れたり、といった変化が見られるようになる。
逆境の時でなければ知り得ない、信仰の力と賜物があるのだ。

3.可能発想を取り込もう
「まだ偉大な可能性は残されている」「再スタートできる」
「退却できる」(退却は、間違ったことではない。その間に、再編成し、改革し、計画を見直し、再び前進するのだ。)
「これは道の曲がり角であって、行き止まりではない」
Robert H. Schuller, Life’s Not Fair, But God Is Good (Nashville, TN:Thomas Nelson Publishers, 1991)より

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