2019年御翼1月号その1

                           

ルオーとクリスチャン作家・鹿島田真希

  フランスの画家ジョルジュ・ルオー(1871~1957)は、20世紀最大の宗教画家と言われている。彼は19歳で国立美術学校に入学、20代の頃の初期の作品は、レンブラントの再来ともてはやされ、周囲から期待される。しかし、ルオーは自信をもって出品したコンクールに、繰り返し落選する。彼は学校をやめ、誰にも頼らず、独自の道を歩むが、生活は荒(すさ)み、経済的・精神的に追い詰められていく。その頃の作品は暗い色調が支配的だったが、やがて宝石のような色彩があらわれるようになる。
2012年に芥川賞を受賞した作家・鹿島田真希さんは、ルオーの作品が大好きである。鹿島田さんは、17歳で洗礼を受けたクリスチャンで、22歳で神学校に通う男性と出会い、やがて結婚する。その5年後、夫は脳の難病にかかり、現在も重い障がいが残り、いつ発作が起こるか分からないので目が離せない。苦難に直面した鹿島田さんを救ったのは、夫の笑顔だったという。そして、脳の病気を患いながら前向きに生きる夫の姿をモデルに書いた作品『冥土(めいど)めぐり』で芥川賞を受賞したのだった。
 訳もなく大きな不幸に襲われたとき、人はどう生きるべきか、鹿島田さんは考え続けて来た。その答えがルオーの絵にあるのではないかと感じている。ルオーの「キリストの聖顔」は、十字架に架けられる直前のイエスの顔を描いたものだが、その表情には微笑みがあり、背景には、宝石のような明るい色彩も使われている。「なんでこんな目にあわなければいけないんだ、だけでは終わらない、その一歩先の考え方がある、この苦難は、長続きしない、ということをルオーの作品は提案している感じがします。ルオーが描くパッション(キリストの苦難)は、三日後に復活することを知っている人が描いている絵だと思います。人は雨が降っても不安に感じないのは、それが晴れるって知っているからじゃないですか。人間はそれと同じで、自分に不幸がきても、それがいつまでも続くんだと思わないことを知れたらいいのになって思います」と鹿島田さんは言う。
鹿島田さんは、不幸を超越する世界があり、理屈では割り切れない純粋な心とか、計り知れない生命力に満ちた存在などを、主人公の夫の中に描き出したいと思った。「苦しみには意味があり、必ず祝福されるのだ」という真理を書きたいのだ。それは、ルオーの作品とも共通している。
     NHK Eテレ 日曜美術館「ルオ ー 受難の道にさす光」2012.10.21放送

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