2019年御翼7月号その2

                           

最後の3時間

 死刑囚サム・タニーヒル(1950年代、米国)は、五歳の時に両親が離婚、それ以来、12の家庭に移り住んだ。サムはごく普通の愛情に飢え渇いていた。彼は道徳的教育を受けたことがなく、教会にも行ったことがなく、10歳頃から自動車泥棒を始めた。
 26歳で刑務所から出てきた時、サムは金が必要だったので、レストランで金を盗んだ。通報を遅らせるためにウェイトレスを連れて車で逃げた。最初は、適当な場所で彼女を降ろすつもりだった。ところが、このウェイトレスが、自分の姉の友人であり、姉にこの犯罪のことを告げ口するとサムを責めた。サムのポケットから落ちたピストルを彼女は奪い、サムを撃つと脅したので、サムはウェイトレスを殺害してしまう。目撃者の通報で、サムは捕まり、一九五六年二月、彼に死刑判決が出た。
刑務所に入ると多くの牧師やクリスチャンが彼を訪ね、聖書を渡した。サムは聖書を読んでみた。イエスという男が彼の部下(弟子)にろばを連れて来させる場面を読んだ時、イエスは馬泥棒かなと思った。イエスが水をワインに変える箇所を読んだ時は酒の密売人だと思った。しかし、イエスが死人をよみがえらせ、あらゆる種類の病気を癒し、悪霊を追い出す所を読み、新約聖書を全部読むと、イエスが神の御子であることが分かった。聖書の中にも人々が律法を犯していた箇所があり、自分も聖書の中で神が与えている心の平安がほしいと思い、思い出す限りの罪を告白し、「どうか、助けてください」と祈った。
 「そうしたら…。聞いて下さい。あんなにすばらしい気持ちになったのは生まれて初めてでした!世界に向かって叫びたかったほどです。神の愛が間違いなく私の心に注がれ、神の霊が私を包むのを感じたのです。ベッドに横たわった時、物心ついて以来初めて、安心して眠ることが出来たのです。私は今、死刑囚として独房にいますが、今までどこにいた時よりも自由です。全ての手紙にイエス様のことを書いています。死への恐れはありません。主イエスに近づくことですから。」サムは独房で受洗する。彼が唯一、生きていたいと思った理由は、母親にキリストを伝えたい、ということであった。そして、母親も教会に通いだす。サムは、他の三人の死刑囚たちにも、伝道し、三人はすでにクリスチャンとなっていた。
 刑務所に入って、一年後の11月26日、午後8時に死刑が執行されることに決まった。この日、最後の3時間をフェイガル牧師がサムと過ごした。30分前のサムの祈り。「天の父なる神さま、御存知のように私は今から一年少し前に私の人生をあなたの御手に委ねました。その後で起こったことの何一つも、私が救われた事実を変えることはありませんでした。同じように、今晩起こることも、救いの事実を何一つ変えることはありません。私の命は今もあなたの御手の中にあります。あなたの御心のままになさって下さい。アーメン」
 人生の最後の時間、サムの思いは他の人々に向けられていた。サムが最後まで気にかけていたことの一つは、彼がキリストに導いた仲間アールのことだった。アールはちょうど一週間後に処刑されることになっていた。サムは言った「アールにとってこれからの一週間はおそらく今までで一番つらい日々になるでしょう。私がそばにいて励ますことができないのですから」アールの信仰が最後の時になってぐらつかないように、サムは何人かの人々がアールと連絡を取り、励ましてくれるように手配していた。
 最後の数分間、サムは何度も牧師に「今、何時ですか」と尋ねた。そして、8時1分前にも周囲の緊張を和らげようとしてこう言った。「自分の人生があと一分しかないことを知っている人は世界に何人もいないでしょう。私は特別な立場にあるのでしょうね」と。たいていの人なら恐れでパニック状態になるところを、サムがこれほど冷静に周囲に気遣って冗談さえ言うのを聞いて、周囲の者は全く驚き入ってしまう。彼は最後の最後まで、耐え難い気持ちでいる周囲の人々に、キリスト者としての思慮深い態度を示し続けたのだ。 看守の合図でサムの電気椅子のスイッチが入れられ、サムは処刑された。目隠しを外され、まだ椅子に座っているサムは、まるで眠っているようだった。そんなサムを見つめながら、牧師は八時直前にサムが口にした言葉を思いだしていた。牧師の手を握り、真剣に目を見つめながら、サムはこう言った。「先生、先生を天国で探しますよ。さようなら、また明日の朝、会いましょう」と。その朝、すべての罪、病、死、悲しみ、痛みは永遠に終わる。そして、サムは牧師にこう頼んだ。「教会の皆さんに伝えて下さい。主のために働くことに決して疲れないで下さい。魂を救うための働きに決して落胆しないで下さい。世界中には私のように福音を必要としている人々がたくさんいます。誰かが伝えにきてくれさえすれば、受け入れる準備の出来ている人がたくさんいます。何があっても神さまのための良い働きを決してあきらめないで下さいと…」。
W.A. フェイガル『最後の3時間』(CLC出版)より


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