2022年御翼7月号その3

 

戦いの場としての祈り ――― H・E・フォスディック

 祈りの形式に違いはあっても、あらゆる時代のあらゆる民族に祈りは見出される。それは、人間には魂があるからである。魂は神と繋がる部分で、人間にのみ与えられたものである。
訓練無しの発作的な祈りは、二つの有害な結果を生む。その第一は、キリスト教の神概念を無視して、神は人を助ける道具のようになってしまう。キリスト教の神は、人間一人ひとりに内住する方であり、その徳の力によって絶えず人を諭し、愛によって人の日々の生活を清めることを願っておられるのだ。「人類のあらゆる進歩の中で、神概念におけるこの進歩ほど意義深いものはない。それは牛車から特別急行列車へ、泥の小屋から大殿堂へ、太鼓から交響楽へと進歩するようなものである」とフォスディック牧師(19世紀生まれ)は記している。
 第二に、発作的な祈りは、祈りを自己中心的なものにしてしまう。人の願いが聞き入れられない理由は、祈りを知的作業や労働の代わりにしようとするからである。
 人間の霊魂における最も高貴な機能である祈りを、理解もせず、訓練することなく放置しておくことは精神的悲劇である。しかし、祈りを訓練すると、それは限りない可能性を発揮するものとなる。神学者ハミルトンは、「神は真実に祈る者に、人間と世界の未来を形成する力を与えられる」と述べた。カトリックの詩人フランシスコ・トンプソンは、「祈りはキリスト教徒の剣である」と語った。

戦いの場としての祈り  
H・E・フォスディック『祈りの意味』(新教出版社)より抜粋
 大戦争を前にしてナポレオンはテントの中に一人立った。軍隊の元帥や司令官がひとりひとりその中に入って行き、沈黙の内にナポレオンの手を握って、その中から出て行く。その時、祖国フランスのため、喜んで死のうという新しい勇気と決断が内に燃え立っていたと言われている。祈りの力の秘訣を学んだ者は、祈りがそのような効果を魂に及ぼすことを感じている。 
 わたしたちの人格における最も深刻な問題はわがままな欲望である。この道徳的戦いにおける最も重要な部分は、表面に出現しているところにはなく、むしろ隠れているところ、すなわち、密室の場所に存在するのである。法律の世界でも、「訴訟事件は判事会議室において決定される」。それと同じように、人格形成の背後には、隠れたところでなされる戦いがあり、その戦場で、この世との決定的戦いがなされているのである。主イエスの公生涯の働きを通して明らかにされた、驚くほどの不動の精神、即ちわいろに心惑わされず、恐れに捕らわれず、失望に心弱まることがなかった精神の背後には、主の生涯を貫いていた主張を、祈りにおいて戦い抜いた荒野があったからである。
 ジョージ・アダム・スミスは、エール大学のドワイト講堂で講演し、 “チャイニーズ”ゴードン将軍(チャールズ・ゴードン、英国の軍人)ほど、情欲を征服する戦場として祈りを率直に述べた人物はいなかったと述べている。ゴードンが妹に宛てた手紙を研究すると、それが真実であることが分かる。ゴードンは次のように書いている。「人の陰口を言い、ねたむこと、それはわたしが好むところでした。今でさえしばしばわたしの心を惑わせるものです。しかし、粘り強く祈り続けることによって、神はかなりの程度までそれを征服する力を与えてくださいました。わたしはそれを放棄しようとは願わなかったので、それを放棄する願いを与えてくださるように祈りました。神はその願いを聞いてくださり、それ以来神の約束の成就を楽しんでいます」。祈りとは戦場であり、そこで悪い欲望に対する戦争が展開される。しばしば祈りは人生の闘いに対する備えであると語られるが、祈りは闘いそのものであるとここで述べられていることが、いかに真実であるかを知ることは価値あることである。ゴードンにとって、祈りとは軍隊の優美さ或いは将軍の実践力を増し加えるために、その形を整える訓練ではなかった。祈りとは悪い欲望と正しい欲望との間に繰りひろげられる実戦であり、その闘いの中で、神を同盟軍として呼ぶことであった。彼は、詩篇の作者と共に、「主よ、わたしのすべての願いはあなたに知られています」(詩篇38・9)と語って、祈りを真面目な仕事として、日毎に汚れた情欲と自己中心的目的を投げ捨て、神の御前に正しい大志を確立して、祈りの仕事場から帰ったのである。
 主の淋しい所での祈りは、勇気と力を継続して現わすための戦いではなかったろうか。もし主が淋しい所での祈りによって、勇気を受けることが必要であったとすれば、ましてわたしたちは祈りなしに済ましてしまうことなどできようか。もし人々がこの神との内的交わりの秘密を学ぶことができるならば、多くの人々ははかり知れず強められ、生活の調子は小心な思い煩いから大胆な力強さへと変化させられるであろう。


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