望みの錨

 腎臓に腫瘍が見つかったとき、医師として自分であと五年は生きられないだろうと予測した。
「家の者をあまり悲しませないように、できるだけ明るく言おう」と思い、帰宅すると家族に言った。「『CTを撮ったら心配が当たった。あと五年は生きられない』と。すると妻も、当時高三の長男、恵(さとし)も吹き出した。CTを見せてがんを示すと恵は、『デカーッ、素人でもわかる』とコメントしてくれた。その後はまたテレビを見て、一人大笑いをしている。
『どこでお葬式をするかが問題』と妻が話す。こちらが拍子抜けするくらいに落ち着いた反応であった。悲しむ様子など微塵(みじん)もなかった。よかったと言うべきか。私がいなくても家族は大丈夫だ。まもなく、妻は相続に関することなどの話を持ち出し、すでに未亡人モードに入っているようだ」
〔細井 順 『死をおそれないで生きる』(フォレストブックス)より〕
細井先生は術後、再発せずに普通に仕事をしておられる。だからといって、どうしても長生きしたいとは思わないという。旧約聖書ヨブ記14章5節には、「人生はあなたが定められたとおり。月日の数もあなた次第。あなたの決定されたことを人は侵せない。」と書いてあり、この世に必要であるとされる期間は生かされ、用事が終わればその時点で天に引き上げられると、聖書から確信しているからである。 
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