2009年1月11日

 

知力・体力・霊力


 人には、知力と体力と霊力とがある。パウロはこのことを、「あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って」(テサロニケ第一5:23)といっている。
 ところが我々は、このことに気がつかない。そして、ただ知力と体力だけに目をとめて、この二つだけを伸ばそうとしている。それだから、いくら人づくりと言っても、人づくりができないのである。
 賀川豊彦先生はこのことを、次のように表現している。「日曜学校で神の存在を教えようとするなら、それは大きな誤りである。子供たちが、生まれた瞬間から心に宿している神を、端の者に奪い取られないように、水を与えるのが大人の務めである。無いものに接木するのではなく、最初からあるもの、生長を約束されているものを培うのである」。
 このようなわけであるから、せっかく神から与えられた、霊的なもの、神を思う心、霊力を、ゆがめられた知識教育によって、つみ取られることのないようにしなければならない。子供の知性や体力にだけ心を奪われないで、子供の霊性にも関心をもつことは、世の親の義務でもある。ディリーコンサイス国語辞典は、魂のことを、体に宿り心の働きをつかさどるもの、と言っている。
        佐藤陽二『魂の神学』六 知力・体力・霊力より

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