2009年10月11日

 私達家族はクリスチャンで、教会にも毎週のように行っていました。しかし、知らず知らずのうちに神とは別のものを、神よりも優先させていました。神はそのことを悟らせるために、私の最も大切なものを取り去り、気づかせようとしたのです。
 この闘病は、オペラのことでいっぱいだった心を整理して、神と一対一の関係で向き合う機会となりました。自慢の声を失ったのは耐え難い苦難でしたが、自分にとって本当に大切なものを見つめなおすために、とても良い薬になったのです。「苦難は祝福の道」と聖書にあるように。(コリント第二7:4「わたしは慰めに満たされており、どんな苦難のうちにあっても喜びに満ちあふれています。」)
 そのことに気づいてから、退院後は、日曜日に教会に行くだけでなく、毎週水曜日に家庭で小さな礼拝をしました。家族が集まり、聖書の言葉を味わい、賛美歌を歌い、祈りました。
 声の状態は依然として良くはありませんでしたが、そのような生活を続けるうちに、私達は次第にいやされ、心には平安が生まれました。祈り続ける中で、神は私を見捨てたのではなく、この出来事をとおして確かに何かをしようとしておられるのだと感じました。
               ベー・チェチョル『奇跡の歌』(いのちのことば社)より

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