2009年11月29日

 「どうしたら真の人格者になれるか。真のよい品性の持ち主になれるか。その徹底せる道がどこかにないものか。浄土真宗では往生極楽を強調するだけで、道徳実践への指導に欠けている。またその力を得る道をも徹底して教えぬ。ここにいつも私の問題があった」と、元住職の亀谷凌雲氏は記している(亀谷凌雲著『仏教からキリストへ』)。
 この世において道を教える人の多くは、それを実践し得る道を示さない。また、律法は与えても、それを行う力は与えない。
 聖書には、キリストは「律法を成就するために来た」(マタイ5:17)と書かれている。キリストは、人類の歩むべき最高の道を示すのみならず、それを成就する十字架の道、すなわち、人がキリストの贖いによって神の子とされる救いの道を備えられたのだ。
 そのことに気付いた亀谷住職は、キリストを唯一の救い主として受け入れ、牧師となったのである。

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