2009年12月27日

感謝のかずかず

 

 今年も亦吉凶交々我等に臨んだ、然れども我等彼を信ずる者に取りては吉も凶も悉く感謝の種である。
 愛する者の失せしは天の戸の我等のために開かれんためである、友の離れ去りしは残る友を更に深く愛せんためである、産を失ひしは天に財を積まんためである、
 其他すべて如此しである、信者に吉凶は無い、すべてが吉である、彼は神なる最大善を求め得て彼の生命其物が大吉となったのである、生きて居る事其事が既に感謝の種である、而して宇宙何物も此感謝を彼より奪り去ることは出来ない、
 而して又特に感謝すべきは此誌の益々善き読者を加へられて年と共に益々広く其恵まれたる天職を果たし行く事である、今や世界の活動的中心が太平洋岸に移りつつある此時、神が我等を以て第二の宗教改革を起し給はんことを祈るは決して僭越の行為ではないと思ふ。
内村鑑三 大正6年12月10日『聖書之研究』209号

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