2009年2月22日

キリスト教とは何か

 人間はもともと神に似せて罪のない者として立派につくられたが、神にそむき罪に落ち入って神のみもとをはなれた。罪とは神への不従順である。
 神の愛は人間をふたたび御自身のもとへもどしたいが、神の義がこれを許さない。そうかといって人間みずから神に従順になることが出来ない。
 ここにおいて神は、罪のない神の独り子をこの世にくだし、十字架につけ、その死によって人間の罪をあがない、従順を学ばせ、これによって人間の罪をゆるす道をしめされた。「彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである」(ローマ3章24節)。
 人はただこの神の独り子、キリストを信ずる信仰だけによって、神のみもとにかえる道が開かれたのである。                                
                                        佐藤陽二『魂の神学』より

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