2009年4月26日

 「人の命は地球より重い」とよく言われるが、その根拠は語られない。
 元々、何かが尊いというとき、そのもの自体には、尊さの根拠はない。何かに尊いと認められて初めて尊くなるのだ。例えば、金は希少な物質であるが、それ自体で尊いのではない。それを尊ぶ人間がいるから尊いだけのことである。金は人間が尊ばなければ、石ころ同然なのだ。命ですら、それ自体で尊いという根拠はない。
 人は、天地を創造された全知全能の神が人間を尊いと思われるから、尊いのだ。人間の尊厳も無条件の愛で人間を愛される神の主観に絶対的に依存している。「父母はわたしを見捨てようとも、主は必ず、わたしを引き寄せてくださいます」と、ダビデは詩編の中で確信をもって語っている(27:10)。この神を見失ったら、人間は自分の尊厳の根拠も失ってしまう。
 人間を「神のかたち」に造られ「非常に良い」と認められた神は、私たちを人間であるというだけで尊く扱ってくださる。人間は「人間であること」自体で尊いのではなく、神が人間を尊いとみなしてくださるから、「人間であること」が尊くなる。 
 (川端光生『人間とは何か―聖書の人間観』より要約)

 

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