2009年8月30日

 神は、私たちが心を静め、御声を聞くのを待っておられる。天地の創り主が、私たちが必要としているメッセージを、いつも伝えたいと思っておられるとは、何と光栄なことであろう。
 神は語らないという人は、御声を聞こうとしていないだけである。あるいは、暮らしの忙しさの中に、御声がかき消されているのかもしれない。そして、自分の力で何でも成し遂げようとして、台無しにしてきたのだ。突如として、与えられる前向きな発想や、湧き起こる心地よい感情が、神の声である。神はまた、聖書の中でも私たちに語りかけてくださる。
 御声を聞きたければ、独りになって、神が語りかけてくださるのを静かに待とう。イエス様でさえ、御父の声を聞くために、独り寂しいところへ退かれた(「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」マルコ1:35)。イエス様の祈りとは、父なる神との対話であった。私たちも心静めるとき、神は魂に語りかけてくださるのだ。
 波に浮かぶ木の葉のようにリラックスして、お委ねしよう。神は、大きな流れのように私たちを導いてくださる。突破口となるような新しい発想、新しい洞察を与えてくださる。そして、私たちの人生を、より有益なものへ、より素晴らしいものへと形作られるのだ。
    Robert H. Schuller, Hours of Power Feb.7, 8より要約

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