2010年12月12日

 

希望について

     

Robert H. Schuller, Hours of Power November 18, 20より
 希望とは、人の中に入ってくる、神秘に包まれた不思議な気持ちである。突如、重荷が取り除かれ、顔色は良くなり、瞳が輝きを取り戻す。それは、神のご臨在が、人格に働きかける確かな体験なのだ。
 あなたは不可知(ふかち)論者(ろんしゃ)(不可知論:意識に与えられる感覚的経験の背後にある実在は、論証的には認識できないという説)であろうか、あるいは無神論者であろうか。あなたは神を信じないと言うかもしれないが、神はあなたに信頼を寄せておられる。絶望から抜け出せたときのことを思い起こそう。誰かが、あるいは何かがやってきて、あなたを励ましたのだ。あるいは、名案が浮かんだことであろう。または、物事が変わって行ったり、幸運に恵まれたりした。繰り返し起こる良いめぐりあわせは、実はあなたの良い主の御業であったのだ(ヤコブ1:17「良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです」)。
 神は希望を与えることなしに、人を追い出すことはなさらない。希望とは神秘的なものである。それが人の中に生じたときになされる、唯一精確な説明とは、愛なる神のご臨在が、人の精神、魂、体、人格に入って来られた、ということである。これが神である。これが希望なのだ。
 夢を抱くとき、あなたには希望が必要である。問題に直面したとき、希望が必要である。健康を求めるとき、希望が必要である。恋愛するとき、求婚するとき、結婚するとき、そして子育てにおいて、希望が必要である。死を迎えるとき、そして全生涯において、希望が必要なのだ。

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