2010年3月7日

<歴史的宗教について> 内村鑑三

                                 
 キリスト教は歴史的宗教である。すなわち、かつて有った事を信ずる宗教である。人が考え出した事を信ずる宗教でない。
 その点において、仏教とキリスト教との間に根本的相違がある。仏教は釈迦無牟仏一人の思想教訓に始まっているが、キリスト教はアブラハム以来キリストまで、少なくとも四千年間の生ける歴史に根ざしている。生ける神は、言葉をもってするよりも事実をもって教えたもう。理想を説かずして実例を示したもう。
 アブラハムの伝記が、すべて神に導かるる者の生涯の模範である。人類はイスラエルの民が救われしように救わるべしとのことである。かくて神は地理と歴史をもって聖書を書きたもうたのである。それがゆえに聖書は貴く、世界無二の書であるのである。世には聖書の改造を唱うる人がある。かかる人は聖書を単に倫理道徳の書と見るのである。されどもキリスト教の聖書はそんな書ではない。これは主として救いの事実の記録である。これを造るには少なくとも四千年かかったのである。
 聖書を新たに造らんと欲するならば、人類の歴史を新たに行(や)り直さねばならぬ。そんな人の有りようはずはない。聖書の作り直しというは、痴人の夢と言うよりほかに言い方がない。
               (1927年9月 『聖書之研究』)

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