2010年4月11日

 

神のために、何かすてきなことをしましょう 
Do Something Beautiful for God.

 

 否定的に発想するこの世では、私たちは常に悲観的な振動に取り囲まれています。あなたが出会う最も前向きな人でさえ、依然として積極性を欠いた態度を持ち合わせているものです。100%前向きな人など誰もいません。私たちは、今住んでいるこの世によって、否定的な感情を持つように条件付けられているのです。人を動けなくする否定的な鎖は、どのように断ち切ればよいのでしょうか。否定的な発想という束縛から、どのようにして自分自身を解放すればよいのでしょう。幸せを奪い去るこれらの誘惑に対し、どのように「No(否)」と言うことができるでしょうか。
 「Yes!(然り)」と言うことで、「No!(否)」と言いましょう。前向きな種を蒔くことで、否定的な事柄を排除しましょう。二者の間の完璧なコミュニケーションとは、争いや口論、怒りっぽい言葉が全くないというものではありません。完璧なコミュニケーションとは、両者が心を開いて、互いを尊重し合いながら、どう感じているかを伝え合うことなのです。沈黙ではなく、創造的(クリエイティヴ)であり、建設的で、相手を敬うことのできる会話こそ、正しいコミュニケーションです。
 従って、「べからず集」を作成し、それらに従おうとすることで、義を求めている、などとは言えません。義に飢え乾くとは、それ以上のことであるべきです。それは、神さまのために、何かすてきなことをしたいと、願うことでなければなりません。
 詩編の作者は、義を求める人に関して、こう記しています。「このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。」(詩編1:3) 
     (ロバート・シューラー博士 Hours of Power 4月18日より)

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