2010年9月5日

 

柔和

  

「わたしの思いではなく、みこころのままになさって下さい」(マタイ26:39)という神に対する姿勢が柔和なのであり、人に対して従順すぎて弱々しい、ということではない。柔和とは、不正を容認したり、悪を放っておくのではなく、神の御手を信頼して静かに戦うことなのだ。 詩篇37:11に、「しかし柔和な者は国を継ぎ、豊かな繁栄をたのしむことができる。」(口語訳)とある。また、イエス様は、山上の説教で、「柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ」(マタイ5:5)と言われた。知を受け継ぐとは、地上での生活においても、正しい神の支配が及び、万事が益となるよう神に祝されることを意味する。柔和とは、1.堂々としており、2.正しい自尊心により情緒が安定し、3.言い訳をせず、4.親切にすること、である。


節制(自制―口語訳)


御霊の実の第九、最後は節制(自制)――自己をコントロールする――である。箴言25:28に「自分の心を制しない人は、城壁のない破れた城のようだ。」(口語)とあるように、自分の内面を制御できない者は、他人を傷つけるのみならず、自らを滅ぼすことになる。 箴言12:18 に「軽率なひと言が剣のように刺すこともある。知恵ある人の舌は癒す」とあるように、私たちは言葉によって、人に命を与えることもできるし、人を死に追いやることもできる。イエス様が、「しかし、口から出て来るものは、心から出て来るので、これこそ人を汚す」(マタイ15:18)と言われたように、心にあることが、言葉となって表われる。人を励ます言葉を発する人、優しい言葉を持つ人は、心に愛と平安を持つ人なのだ。

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