2011年1月16日

   

祈祷の人  明治44年『聖書之研究』133号

 
内村鑑三全集18より抜粋

 祈祷の人とは祈祷をする人ではない、祈祷を以て事を為す人である、更らに進んで、祈祷を以てするにあらざれば何事をも為す能(あた)はざる人である、祈祷を以て学ぶ人である、祈祷を以て働く人である、祈祷を以て戦ふ人である、即ち自己の力を以てせずして神の能(ちから)を以て万事を為す人である。
 神の人モーセは祈祷の人であつた、彼は大なる政治家であつた、然し政略を弄(ろう)する今の所謂(いわゆる)政治家ではなかつた、彼は万事を神に問ふて、即ち祈?してイスラエルの民を治めた、彼は又大なる軍人であつた、然し自ら陣に臨んで兵を指揮する軍人ではなかつた、神に祈り、神の能(ちから)を以て敵に勝たんとする軍人であつた。
 而(しか)して我等何人も亦(また)神に祈(も)求(と)めて祈祷の人となることが出来る、先づ自己(おのれ)を虚(むな)しうし、我れと我が所有とを悉(ことごと)く彼に献げ、彼をして我に代りて我が万事を主(つかさど)らしめまつりて、我は人のすべて思ふ所に過ぐる大にして奇(ふしぎ)なる能力(ちから)を我が衷(うち)に得て、天然以上、人為以上の大にして奇(ふしぎ)なる事を為すことが出来る、
 即ちイエスの宣べ給ひし
 此桑樹(くわのき)に命じて「抜けて海に植はれよ」と言ふとも汝等に従ふべし
 との言を我身に於て実行することが出来る。路(ル)加(カ)伝十七章六節。

バックナンバーはこちら HOME