2011年11月13日

 米国の著名な牧師、サムエル・シューメーカー博士はかつてこう語った。「宗教は決して、人間の問題への答えとはなり得ない。この世のあらゆる宗教は不十分なのだ。
 キリストだけが答えである。キリストだけが理解される。キリストだけが赦される。キリストだけが、人の罪悪感を消し去ってくださる。キリストだけが救いを実現され、人が神の子であって、その人がなれる限りの、最高の人となれるように確信を与えてくださる。キリストだけが人の心を愛、喜び、平和、自信で満たしてくださる。だからこそ、純真なクリスチャンであれば、自分自身を真に愛せるのだ」と。
 キリストは、人が、より高い自己像を持てるように配慮され、不道徳な人を罪人と呼ばれることはなかった。不正によって富を得ていた取税人に向かって、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」(ルカ19:5)と言われ、責め立てることはなかった。ザアカイもキリストのあがないを知り、自分自身が愛せるようになるためである。
 キリストが罪人として非難されたのは、偽善的な律法主義者、狭い心を持つ「宗教家」たちであった。キリストは彼らを、「蝮(まむし)の子らよ」(マタイ12:34)と呼び、宗教的権威によって、人間の価値を破壊している事実を責められたのだ。
 Robert H. Schuller, Hours of Power April 15より

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