2011年7月17日

 悔い改めとは、ギリシャ語のメタノイア、心的転換、認識転換を意味する。メタは、英語のafter(〜の後で)という意味で、ノイアとはmind、「考え、思い」を表す。メタノイアの純粋な意味は、「考えを後で変える、思い直す」であり、それ自体には、道徳的な善をする決断や後悔、反省するといった意味は含まれない。  この世は、罪、義、裁きへの認識が間違っており(ヨハネ16章)、その認識を以下のように改めることがメタノイアである。

  1. 罪とは、個々の行いのことではなく、キリストのあがないを信じない、神への不信仰である。
  2. 義とは、道徳的な教えや模範のことではない。人の最高の善や正義も、全知全能の神の御前では、不完全なのだ。わたしたちは善行による自己義認から考えを変え、キリストの十字架による罪の赦しによってのみ、義人として扱われるという「神の義」を信頼する必要がある。
  3. この世の「裁き」への共通する理解は、人は自分の罪に応じて裁かれ、償いや罰、呪いや祟りを受けるという、自業自得、因果応報である。しかし、人は自分では罪を償いきれないので、キリストが身代わりとなり、永遠の裁きを受けてくださった。その救いを信じる人は裁かれない(ローマ8:1「今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません」)。

裁きを受け、永遠に滅ぼされるのは、人の罪を告発し、神と人とを引き離そうとするサタンなのだ。

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