2011年8月28日

 「I・I(私・私)人間」とは、自分の利己的な快感を満足させる人間のことである。なにか意思決定をしなければならない立場に立たされると、このような人はつぎのように質問する。「それから私はなにを得られるだろうか?」
 「I・It(私・それ)人間」は第一に物質に強い関心をもっている。彼らは物質のなかに感情的充実を見いだす。このような人は、「喜びがほしいって?それならなにか新しいものを手に入れなさい」と言う。
 他の人々と人間としてつきあう人は「I・You(私・あなた)人間」である。このような人は、他の人々を、夢や欲望や精神的苦痛や欲求をもった人間としてみる。「アイ・ユー人間」になるためには、その人の心のなかでの深い精神革命が必要である。使徒パウロは、「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」(コリント第二5:17)と書いている。聖霊が人の魂に入ることで、誰もが新しい人間になれるのである。(聖霊の働き:1)罪を自覚させる、2)救い主を分からせる、3)生活を実際に導く。)
 「I・Him(キリスト)人間」になりなさい。キリストに身をささげなさい。キリストの精神をあなたの人格のなかにもちこみなさい。そのようなことをする自分自身を愛するようになるだろう。そのようになって初めて私たちは、自分が本当になりたいと思う人になれるのである。
ロバート・H・シュラー『あなたは思いどおりの人になれる』  (産能大学出版部刊)より

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