2011年9月18日

祈りの一つの形式―ATCS

 

Adoration(崇めること) Thanksgiving(感謝)
Confession(告白)    Supplication(嘆願)

「崇めること(Adoration)」

神の誠実さ、正しさ、公正さ、慈悲深さ、恵み深さ、思慮深さ、不変性といったことゆえに、私たちは神をたたえることができる。その全知全能なる神が、私たちを愛し、見守り、様々な賜物を与えてくださる。天におられる神様は、礼拝に値するお方なのだ。「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです」(ヨハネ第一3:1)。


「感謝(Thanksgiving)」

詩編103:2には、「わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない」とある。またパウロは、テサロニケ25:18で、「どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」と記している。ありがたいと感じることと、謝意を言い表すことには、違いがある。神は私たちの父親であるから、私たちが感謝を言い表すとき、神は感激なさるのだ。答えられた祈り、霊的な祝福、人間関係、物質的な祝福の四つについて神様に感謝しよう。


「告白(Confession)」
 

具体的に罪を告白することで、神様と正直に語り合えるようになる。そして、「こんなことを認めるのは、もううんざりだ。神から力を与えられ、生活の中からすっかり一掃しよう」という思いになる。神があなたの罪に働きかけ始められると、「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです」(コリント第二5:17)という言葉が生活の中に成就する。


「嘆願(Supplication)」 助けを求める

フィリピ4:6には、「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい」と記されている。神様にとって、大きすぎて対処できないことも、また小さすぎて興味がわかないこともない。「あなたがたの中で知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなくとがめだてしないでお与えになる神に願いなさい」(ヤコブ1:5)とある。ハイベルズ牧師は、願いを「伝道の働き」「人間関係」「家族」「自分自身」の四つのカテゴリーに分けている。

       ビル・ハイベルズ『祈れないほど忙しい?』(福音社)より

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