2012年10月21日 望みの錨

はっきり言って、死は確かに人生の最終の目的なので、 数年来私は、人間の最良の友である死に親しむことを、 自分の務めだと思っています。そのためか、 私はこの友のことを思い出しても、別に怖くはなく、 むしろ大きな慰めと安らぎを覚えているのです。 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

 これは、モーツァルトが三十一歳のときに、父に宛てた手紙の一節です。敬慶なカトリック信者だったモーツァルトは、死を「最良の友」と呼んで親しんでいました。死はすべての終わりではなく、天国への門、永遠の幸福への門であると信じていたのです。モーツァルトの音楽の基盤には、こうした死の哲学が息づいています。
 死を想うとき、潜在能力(ヒューマン・ポテンシャル)が目覚め、人は誰でも、後世に何かを遺したいという欲求を持つものです。死への想いが深まって自らの有限性を自覚するとき、生の喜びがほとばしり、素晴らしい創造性が発揮されるのでしょう。
 先の手紙は、「真の幸福の鍵である死と懇意になれる機会を与えられたことに、私は感謝しています」と続きます。この神への感謝の念が、天使の音楽とも称されるモーツァルトの珠玉の作品を生み出したのではないでしょうか。 
 アルフォンス・デーケン『心を癒す言葉の花束』(集英社新書)より
 (ローマ15:13「希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。」)

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