2012年11月25日 望みの錨

 精神科医ヴィクトール・フランクルは、「人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題である」と言っています。
「人生が何をわれわれから期待しているか」とは、言葉を換えて言うのなら、「私のいのちの使命は何か」ということです。その使命を知っている人はあらゆる困難の中でも未来を見ながら生きることができるのです。
 何か事が起こると、人は「神も仏もあるものか」と言います。人生に意味などないのだと。生き残ったことにも死んだことにも意味などないのだと。けれども、生き残ったことには意味と使命があるのです。キリスト教的な言い方をするなら、それが「ビジョン」です。すべて生きている人のいのちは何かのために召されたいのちであり、それぞれに神から授かった使命というものがあります。   
 困難な状況の中で「運命」と思ってあきらめている人に私は声を大にして言いたいのです。あなたの「運命」は変えられます。あなたの人生には「使命」があるのです。たとえ明日、そのいのちが取り去られることがあったとしても、そのようにして生きる人生には意味があるのです。(箴言29:18「幻がなければ民は堕落する。」)
      日野原重明『「いのち」の使命』(日本キリスト教団出版局)より要約(聖句は佐藤 順牧師が引用)

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