2012年4月29日

みことばを黙想する(ケイ・ウォレン師)

黙想というのは、御言葉の真理をどのように自分の生活に適用したらよいのかを発見するために、心の思いを御言葉に集中させ、じっくり思いめぐらし、その霊的養分をあますところなく吸収していくことです。御言葉を黙想すべき、3つの理由を見ていきましょう。

  1. キリストに似た者となるために
    「わたしたちは皆、…栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです」(Uコリント3:18)。御言葉を黙想し、主について思いめぐらすとき、私たちは、自分の心を神に造り変えていただいているのであって、具体的には悪い思い(考え)を良い思い(考え)に置き換えているのです。御言葉と主ご自身について深く考えれば考えるほど、私たちはいよいよキリストに似た者とされていきます。
  2. 祈りが答えられるために
    主イエスは言われました。「あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる」(ヨハネ15:7)。これは、キリストのことばに深く根ざした生活を送っているなら、その人の祈りに神は答えてくださるという約束です。私たちがいつも御言葉を思いめぐらせているなら、私たちの願いはキリストの思いに沿ったものとなり、主の御心から大きく外れたことを求めなくなっていきます。
  3. 人生を成功させるために
    この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する」(ヨシュア1:8)。御言葉を思いめぐらすことが、人生の成功と固く結び付けられています。私たちがいつも主イエス・キリストとその御心を思い、キリストに似せられていくことを考えているなら、私たちはこの御言葉に約束されているように人生の勝利者となることができるでしょう。つまり、人々に対して否定的な態度ではなく、もっと愛に満ちた態度で接することができるようになるのです。

リック・ウォレン『霊的成長をもたらす4つの慣習』(パーパス・ドリブン・ジャパン)より

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