2012年5月6日

 「日本には、砂漠もなければ不毛の地もない。こんなに住みにくい地の一つもない国が、世界にあろうとは予期しなかった。また、あらゆる年齢、職業、階級にわたる男女の多くと知り合ったが、いやな感じの人は一人もなかった。どの国からきた人でも、日本で生活する機会を与えられたら、それは特権である」とメレル・ヴォーリズは記している(『失敗者の自叙伝』)。
 日本と日本人を愛した米国人クリスチャン・ヴォーリズは、明治38年、公立高校(滋賀県立八幡商業高等学校)の英語教師として来日するも、僅か二年で解雇される。彼の宣教活動が成果を見せ始めると、大部分が仏教徒であった県民の反対に遭ったからである。
 ローマ8章31節に、「もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか」とある。解雇をきっかけに、自給自足の宣教活動を開始したヴォーリズは、建築事務所や近江兄弟社を設立、建築やメンソレータムの販売などを通して、神の国の業を大きく発展させた。
 そんな彼は、以下のような言葉を残している。「日本には昔から良い字があります。協力の協という字です。三つの力の内、上の力は神の力、下の力は民衆の力。然し、それでも力不足の時には真剣に神に祈りなさい。と十字架がつけられている」と。

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