2012年8月26日 望みの錨

罪の赦し

 (この)潜在意識と顕在意識とによる罪意識の問題は、罪の赦しと具体的解決がなければ、それからは決して解放されない。したがって主イエスは「わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マルコ2章17節)と言われたのであった。
 いつも事があると自分を苦しめる潜在意識の中にある罪は、キリストの十字架の死によって、あがなわれた(コロサイ2章13、14節)、そしてその罪は赦されたのであると、顕在意識によって信ずるようにする。強く、いつでもそれを信じている。そうすると潜在意識の中の罪から解放されてくる。
 神はイエス・キリストの血という代価をもって、本当に、その罪を処分して下さったからである。それだけではなく、神はその罪がなかったかのように取り扱って下さる。これが聖書の福音である。
 したがって、人間が罪人であるということは、マイナスのイメージ、否定的思いを潜在意識に与えるのではない。それは、かえって積極的で肯定的なプラスの思いを、潜在意識に与える糸口となる。                
佐藤陽二『魂の神学』一三 罪の赦し より

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