2012年8月5日 望みの錨

出演した「本の旅」(CGNTV)では、以下の三つの用語の解説を求められた。
マカリロス(ギリシャ語)― 幸い
マカリロス→「祝福」(幸福を含む)、「救いの喜び」。人は、幸福はそれ自体を追求するものだと考えがち。しかし真の幸せは、「神の国と神の義を求め」(マタイ6:33)るという、本来の使命を果たそうと努める時に、神から与えられる賜物であり、これが神の祝福である。目的として追求される幸福ではなくて、結果として上から与えられる幸いが「マカリロス」。
プラウス(ギリシャ語)― 柔和
「柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。」(マタイ5:5)
新約聖書での「柔和」(プラウス)の意味は、(1)神に対する態度、(2)他の人間に対する態度、の二つ。

  1. 神に対する態度 すべてを最善に導いてくださる神にお委ねし、従って行く態度が、「プラウス」。これは、キリストが「わたしの願いどおりではなく、御心のままに」(マタイ26:39)と祈られた時の態度である。
  2. 人に対する態度 人に対しては、怒るべき時に怒り、怒るべきでないときに怒らないことが柔和。聖書には「怒ることがあっても、罪を犯してはなりません」(エペソ4:26)とある。


イエス様は、ご自分が侮辱されても怒らず、正義のためには怒られた(神殿で、不当な商売)。自分中心の怒りは罪であるが、正しい怒りは偉大な道徳の力である。
ヘセド(ヘブル語)― 憐れみ
「憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。」(マタイ5:7)
あわれみ→国語辞典では、「かわいそうに思うこと」とあり、自分の気持ちばかりを大切にして、他人の気持ちを考えていない。聖書のあわれみとは、他人の心の中にまで入って、その人の立場で物を見、その人の身になって考え、その人が感じるように感じること。神様がイエス様の十字架によって、私たちを受け入れてくださる。その愛に触れたとき、他の人々へあわれみ深い者、他人の気持ちが分かる者となれる。人の問題を自分の問題のように扱うことができる。

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