2013年5月12日 望みの錨

武士道と基督教 『内村鑑三全集24』より

 我等は人生の大抵の問題は武士道を以て解決する、正直なる事、高潔なる事、寛大なる事、約束を守る事、借金せざる事、逃げる敵を逐(お)はざる事、人の窮境に陥るを見て喜ばざる事、是等の事に就いて基督教を煩はすの必要はない、我等は祖先伝来の武士道に依り是等の問題を解決して誤らないのである、
 然れども神の義に就き、未来の審判に就き、而して之に対する道に就き武士道は教ふる所が無い、而して是等の重要なる問題に逢著(ほうちゃく=出くわすこと)して我等は基督教の教示を仰がざるを得ないのである、
 基督信者たる事は日本武士以下の者たる事ではない、先づ上杉謙信たり、加賀の千代たりて然る後に更に其上に信望愛の美質を加へらるゝ事である、模範的猶太(ゆだや)人たりしヨハネやパウロが模範的基督者たるを得たのである、
 武士道を棄、又は之を軽ずる者が基督の善き弟子でありやう筈が無い、神が日本人より特別に要求め給ふ者は武士の霊魂にキリストを宿らせまつりし者である。

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