2014年12月7日 望みの錨

悲嘆力を日本に定着させたい理由

 

 私は今、「悲嘆力」を社会的に認知させていきたいと思います。その目的は二つあります。
 一つは、私たちが「悲しい」「苦しい」というマイナス感情を持てるということは、それだけの力、エネルギーを持っているという、一つの証であるということ。ですから苦しんでいるとき、悲しんでいるとき、自分自身で、自分の今の状況を少しでも、飛躍の前兆なのだと理解してほしいのです。それともう一つ、その、マイナス感情を、私たちは、プラスにすることができる能力を持っているということに、気づいていただきたいのです。ひとたびプラスになったエネルギーは人を助けることができるようになります。その力が今、悲嘆している人の心を和らげ、生きる希望へといざないます。
 人は人との関わりの中で生きていきます。その中で感謝されることは、人生の最大の喜びです。例えば、ターミナルケアをしているとき、病人の方がたったひと言、「先生、ありがとうございました」と言ってくださるときです。このひと言が私にどれだけの喜びを与えてくださるか。まさに死を前にしている方から勇気と励ましをいただいているのです。言葉一つだけでも、人様を励まし、支えることができるということなのです。そういう意味では、人間は死ぬまで、人を支えることができる。人を励ますことができる存在なのです。
 今、私が確信を持っていえることは、「どんな人でも悲嘆力を持っている。だから一人ひとりが持っている力を、十分に発揮しましょう」ということです。どんなに苦しんでいる方に対しても、「あなたが、今苦しんでいる力こそがあなたの力なのよ」と言いたいのです。苦しむためにも力がいります。エネルギーがなかったら苦しむことすらできません。そして悲しみのエネルギーが変容を遂げ、悲嘆力によって大きく立ち直ったとき、その人の持つ力の素晴らしさ、人間としての強さと慈しみは、人々に光を与えることでしょう。そして、「私自身の悲嘆の経験を人様のために生かしたい」という思いやりのエネルギーに変わり、世のため、人のために何か貢献をしようと力強い第一歩を踏み出していくのです。一人ひとりがそのような力を発揮したら、世界は変わると思いませんか?
 (詩編 119:71 卑しめられたのはわたしのために良いことでした。
 わたしはあなたの掟(おきて)を学ぶようになりました。)
     高木慶子『それでも人は生かされている』(PHP研究所)より

バックナンバーはこちら HOME