2014年3月16日 望みの錨

二六 気と霊気との違い

   

 佐藤陽二『魂の神学』(アンカークロス出版)より
 その医師の名は分からない。しかし剣豪作家の津本洋氏は、「高名な医学者」の言葉として、次のように記している。「私は医師として、患者の枕頭(ちんとう)に坐っていますとね。心臓が停止すると同時に、名状しがたい死の気配が患者のうちにあらわれ、魂が空中にさあっと抜けだして去ってゆくありさまが、眼に見えるような気がするんですよ。やはり魂というものは肉体から遊離しても存在するもののように思えるんですね」。
 聖書では、明らかに、人間を構成する三要素は、「霊と心とからだ」(Iテサロニケ五章二三)であると述べている。「霊」とは、魂のことであり、潜在意識として働く。「心」は、精神(知情意)のことであり、顕在意識として活動する。「からだ」は、肉体をさしている。心と肉体とは、百パーセント関係して働く。しかし魂は、肉体から離れて独自に活動し、心と肉体とを超越的に支配する。
 魂に与えられている本来のエネルギーは、外部から生命エネルギーを取り入れなければならない。その場合、取り入れなければならない最も大切なものは、神の霊であり、キリストの霊である聖霊のエネルギーである。この聖霊のエネルギーを受けた霊魂のエネルギーを「霊気」と呼ぶ。他方、聖霊ではなく、外部の自然からの生命エネルギーを受けた魂のエネルギーが、一般に「気」と呼ばれている。
 魂と心と体とに与えられている本来のエネルギーが、不調和の状態になったとき、人は病気になる。その場合に、「気」であれ、「霊気」であれ、これらの魂のエネルギーが、心と体とに働くと、自然治癒が行われる。また魂のエネルギーは、距離と時間とに制約されないから遠隔療法(マタイ八章一三)が可能となる。直接療法(ルカ一三章一三)も遠隔療法も、聖霊によるエネルギー(霊気)の場合は、神の御心にかなった方向で、すべてが進むようになる。「気」と「霊気」との違いは、その点にある。

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