2014年5月11日 望みの錨

愛には栄養が必要 夫婦は、お返しを期待せず、愛をこめて何かをしてみよう。そして何が起こるか見てみよう。愛を育てるには耕さなければならない。愛は、人の思いやりというミルクではぐくまれ、深い配慮というお互いへの優しさの上に花を咲かせ、お互いへの尊敬によって実る。愛は惰性で続くものではない。絶え間なく耕し、栄養をやらないと死んでしまう。 
愛は親切 「お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい」(エフェソ4:32〜5:2)。思いやりとは、小さな事柄の中で示す愛である。生活の中の小さな事柄こそが、人生を灰色にもし、輝かしいものにもする。なぜなら、人生はもっぱら小さな事柄から成り立っているのだから。
 フレデリック・ウィリアム・フエーバーはこう書いている。「思いやりのあることばは世界一の音楽である。すぐれた才気や知能は賞賛される。しかし一粒の涙を乾かし、破れた魂をつくろうことはできない。思いやりだけに、それができるのである。
愛は口に出して 家庭の幸せのために、私たちは愛の気持ちを口に出さなければならない。
愛は辛抱強い 聖書は、神が愛するようにあなたも愛しなさいと言っている。「愛は寛容…です」(Iコリント22:4)。他人の欠点にだけ目を向けるか、長所だけを考えるかのどちらを選ぶかは、私たちに任されている。もっとも幸せな夫あるいは妻とは、もっともすばらしい女性あるいは男性と結婚した人ではなく、結婚した相手のもっとも良いところを見ることのできる人である。
愛は笑うことができる 愛はユーモアのセンスをもっている。愛は涙管よりも、笑いじわを発達させる。

(話し合いのために)
1.真の愛とは感情より意志の問題だ、という考え方をどう思いますか。
2.結婚生活で愛を育てる方法をあげてください。
3.どうして私たちは、自分の愛を示すことをためらうのでしょう。
4.幸せな家庭でユーモアが生まれる場所はどこですか。あなたの家庭でどんなユーモラスなことがあったか思い出して、話し合ってみてください。
ジョン・M・ドレッシャー『若い母親に贈る8章』(いのちのことば社)より

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