2015年2月15日 望みの錨

 如何して私は男子でありながら女子教育を天職として、かゝったのでありますか。第一、私も男の一匹であってアンビションが在った。…自分も人と生まれたからには大に志を立て、世界を動かす様なことがしたいと思いました。ところが父は如何の考えで在ったか私を医者にしようと思って医者の所に遣ったのである。けれども人の身体をいじくるのが、つまらなくて、天下の事がしたくてたまらないから種々して教育界に入ろうと思い師範学校に入って六ケ月間真面目に致しましたけれども、どうも束縛教育を受けるのがイヤで詰らぬ詰らぬと思って居りました。
 其の後宗教にも入って種々生涯の事を考えて人類の為に尽くすという考えから教育ということに定めそれには女子の教育が最も急務であるから遂に女子教育に身を捧ぐることゝ定めました。其の時に疑問が起って男子で女子の教育をするのは、お手伝いをするようなもので、歴史に残ることもなければ、自分の功にはならぬから、つまらないという所からアンビションは不賛成をいうのである。そして又果して男子で女子の教育が出来るかどうかと云う考えも起りました。
 私がどういう動機で女子教育を自分の天職と定める様になったかということは是はあなた方の天職をお定めになる上でも同じことである。あなた方はアンビションからお定めになるのでなくて、社会の必要から起ったのであることはよく分って居ります。(『成瀬仁蔵著作集』第二巻より)。
 [「わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。使徒20:35 ]

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