2015年4月12日 望みの錨

成功とはいったい何なのか。

●成功とは、単なる勝ち負けではない?
そのとおり。成功とはあくまでも過程で、スコアボードの点数ではない。試合が終わり、観客が去っても、成功か失敗かの結果は出ない。おごり高ぶった勝者が、頭でっかちの天狗になれば、試合の勝ちは負けを意味するし、負けた選手が、「精いっぱいやった。悔いはない」と満ちたりた気持ちになれば、スポーツマンとして立派な勝者になる。

●成功とは、設定したゴールに向かって突き進むことなのか?
 そうだ。ただし、単にゴールのテープを切ったかどうかが重要なのではない。真の成功とは、神があたえてくれたチャンスを素直に受けとめ、そのゴールに向かって110%の努力をすることなのだ。毎日の生活の中で、つねに新しいチャンスを見つけ出し、自分の可能性を追求することなのだ。

●成功とは、富と名声を獲得することか?
 イエスでもありノーでもある。これまでの歴史の中で、財産と権力を得た人物のうち何人かは立派な偉業を残したが、それ以外は王冠をかぶったでくのぼうにすぎなかった。富と名声は、他人を助けるための手段でなければむなしいものだ。(箴言23章4節「富を得ようとして労するな/分別をもって、やめておくがよい。」)

 成功は、裕福さだ。もしあなたがそう考えるなら、それは良い傾向だ。裕福さの逆は貧困。経済的な自立を望めない貧しい人々は、独裁政権に身をゆだね、お腹をすかせた人々はパンと引きかえに自由を売ってしまう。物質的な充足を無視して成功を語ることはできない。自分の可能性をさぐるため、健康を維持するため、また自分の創造的な能力の表現の手段として事業をはじめるため、飢えと病気で苦しむ人々を救済する運動に寄付をするためならば、物質的に豊かになることに何ら反対はしない。子どもの頃、私の家は貧乏だった。だが、私は一度も自分を貧しいと思ったことはなかった。毎週日曜日には必ず献金箱に何がしかのお金を入れた。たとえ一ドルでも、それが誰かの役に立つのなら心は豊かになる。どれだけ多くの富を得ても、それをいかに寛大に人にあたえられるかが成功のきめ手になるのではないだろうか。 
ロバート・シューラー『いかにして自分の夢を実現するか』(三笠書房)

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